08


頭の中で計画を練る。
これなら、あるいは。
軍艦に戻った俺は、壁にかかったままの正義のコートを見て、短くため息をつく。
そのときには、これを背負おう。
マフラーをデスクに置き、その隣に上着を投げて、疲れ切った体をベッドに沈めた。
明日から、準備をしなければならないだろう。
とにかく、いまは眠りたい。
全身の強張った筋肉が少しずつほぐれていくのを感じながら、俺は眠りについた。
憂うことはたくさんあると言うのに、不思議と穏やかな眠りであった。
翌日、目を覚ました俺は、身支度を済ませてデスクの上にあるペンを持ち、緩慢に椅子へ座った。

「“ニゲミズ”」

ペンが薄いベールに包まれ消える。

「“ファタ・モルガーナ”」

存在を薄くする。
左手をデスクにつけ、右手でぐっとペンを握る。
深く深呼吸して、覚悟を決める。

「“ノヴァヤゼムリャ”」

ペンを思い切り左手の甲に振り下ろした。
オレンジ色のまるで夕闇をはらんだ太陽のような盾が、ペンを阻み、上と下から圧されたそれはぐしゃりと金属製のペン先を潰した。
その様子にほっと安堵してペンをごめんな、と撫でてペンを置くと、俺は柏をうった。

「“シラヌイ”」

俺の意図した5か所に、ペンが完全な状態で形成された。
勿論、蜃気楼ではあるが。
この技の最大の欠点は“完全とみなされる状態”で形成されることだ。
つまり、俺の分身を構成しようとした場合、服は多少反映されても頬の傷が再現されない。
また、入れ墨なども傷とみなされ、再現されない。
頭を回転させながら、幻影を消す。
多少の疲労がのしかかり、この調子で果たして計画を実行できるのだろうかと潰れたペンを見た。

「いや……やらなきゃ、あいつに顔向け出来ねぇ」

マフラーを巻き、風に溶けて、街の隣にある森へと降りた。
ここならば、おおよそ誰にも見られないだろう。
幸いにも、後二日停泊の予定であるから、十分とは言えないが、少なからず修行を積める。

「“シラヌイ”」

蜃気楼をゆがめる。
空気が揺らいで現れたのは、俺そのもの。

「“カゲロウ”」

消すのではなく擬態させるそれは、俺の想像する物を模索してぐにゃりぐにゃりと形を崩した。
なんだろうか。
そうだ、出来るだけ足の速い動物がいい。
それなりに持久力を持つ……そう、チーターなどではなく、もっと。
草食動物では駆けつけてすぐに対応できない。
そのまま、攻撃が出来るレベルの……。
陽炎は白い狼へと姿を変えて見せた。

「そうだな。それでいい」

イメージを強く構築していけば、その輪郭はぼんやりしたものからしっかりした実像へと変わっていった。
狼を思い通りに動かせるかどうかを試し、さらに、自分の思考を分け与える。
視界が二分され、狼と、俺の顔が認識できた。
これで、手数が増える。
思考を分けた狼は、決意を秘めたような目でぐっと力を込め、俺の姿になった。

「スムーズにできるようにならないとな」
「タイムロスが命取りだ」

まるで脳内会議を現実で行っているかのようなそれに、思考を与え過ぎただろうかと思い、首を振る。

「そう、これでいいんだ。『分化した俺』は更に分割され、末端の方では、ただ殺し合いを止めると言う思考しか持てないのだから」
「俺が難しいこと言うなよ」

手を振って白い狼へと戻す。
さあ、時間がない。



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