07


酒場から軍艦へと戻り、自室へと崩れ落ちた。

「思い出したよ、アサギ。なんで、忘れてたんだろうな……ほんとに……」

正義を背負うことが出来ないと言った俺に、あいつは苦笑してせめて海軍であれとこの青いマフラーをくれた。
海軍であれと。
頬の傷をテープの上から撫で、ため息をついた。
俺はマフラーを巻いて、風に溶けた。
休暇は後二日ある。
蜃気楼の姿で海を渡りながら、ぼんやりとすれば、そのまま大気に溶けてしまいそうだった。
目当ての島に着いたのは、朝方だった。
あまりの身体的疲労に、その場に崩れ落ちた。
呼吸が苦しい。
墓標の前で横たわる俺の喉から、ヒューヒューという情けない音が漏れた。
草を踏む音に、ぐっと視線をあげれば、見覚えのある姿に苦笑した。

「あか、がみ……」
「大丈夫か?」
「……は、い」

荒い呼吸のまま頷いた俺に笑って、赤髪は墓標に酒をおき、俺の髪を撫でた。

「お前、ここに眠ってる奴が誰なのか、知ってるか」
「え……?」
「俺は、覚えてないんだ。それでも、この、アサギっていう海兵に恩義があるような気がしてな」

赤髪も、あいつのこと覚えていない?
俺の記憶が失われていたのはてっきり精神的な負担からかと思っていが……。
そこまで考えて、辿りつく。
あいつが、異世界人だからか。
だから、死んだとたんに、その存在が曖昧になって、記憶からも失われ“易く”なったと。
そういうことか。
得心いった様子の俺を不思議そうに見た赤髪に微笑んだ。
それでも、この人は一海兵のために、記憶も持たず哀悼してくれるのか。
身体を起こして、頬の傷をさらした。

「俺の名は、アルディア・ラクハールといいます。覚えていますか?」
「あのときの、海兵か……!」
「ええ。彼は、アサギ准将。今は二階級特進によって中将ですが。彼は、貴方を庇って死にました」
「俺を……」

赤髪は、唐突に頭痛に襲われたのか、ぐっとこめかみを押さえた。

「大丈夫ですか?」
「ああ……思い出した。どうして、忘れていたのか……」
「俺も、忘れていましたから」
「もう二度と忘れない」

墓標を撫で、酒をかけた。
よい美酒の香りが花の香を纏う風に乗って広がる。

「あいつは、時期に戦争が起こるから、それを止めてほしいと俺に言いました。――お門
違いかとは思いますが、何か知っていたら、教えていただけないですか」

赤髪は少し考えて、頷き、口を開いた。

「アルディアっつったか」
「はい」
「ポートガス・D・エースは知ってるな?」
「ええ、白ひげ海賊団の2番隊隊長・火拳ですね」
「そいつが、黒ひげを名乗る男を追っているのは知っているか」
「いえ……」
「ポートガス・D・エースが捕まれば、大きな戦争になる。そしてそれは、そう遠くない未来のことだ」

赤髪が吐き出すようにため息とともにつぶやき、分かるか、と俺を見た。
要するに、白ひげの息子に手を出せば戦争になると。
いや、それは確かにわかるのだが。

「黒ひげとは?」
「いや……俺が深く言うべきことでもないだろう。時期に海軍の方にも情報は行く。今はそれで納得してくれ」
「はい。では、もう一つだけ……デメリットが多すぎるこの場面、海軍が処刑を行うと思いますか」
「……するだろうな」

案外すんなりと応えた赤髪に、俺は虚をつかれた。
それを見て頷き、赤髪は言葉を続けた。

「ポートガス・D・エースは、海賊王の息子だ」
「ゴールド・ロジャーの……?」

そうかなるほど。
つまり見せしめというわけだ。
海賊王を処刑台に、その息子、まして白ひげ海賊団の隊長を処刑台に送るというのは、それなりに海軍の株が上がる。
けれど……それはおそらく。

「総力戦、ですね」

多くの人が死ぬことになる、のだろう。
たった一人を殺すために、多くのものが死に、たった一人を助けるために、多くのものが死んでいく。
そこには正義も悪も存在しない。
それでも、海軍であるからには皆、そこに立つ限り背負い翳さねばならぬのであろう。

「泣くなよ」

海を見つめていた俺の頬を拭い、苦笑した赤髪は、着ていたコートを頭からかぶせてくれた。
泣いたつもりは無かった。
一体何に涙すればいいのかもわからなかった。
けれど落ちる涙に、俺はその理由を探した。
戦いが悲しいのか。
命が失われていくことが悲しいのか。

「アルディア、お前階級は」
「中将です」

赤髪は、まるでなでるように俺の頭をかき混ぜて「そうか」と言った。

「お前は、どうするんだ。アサギには悪いが、戦争はいまさら止まらねェぞ」
「俺の隊も、おそらくは戦闘配備でしょう。覚悟の無いものは補給に回しますが……」

そこまで言って、天啓とも言うべきものが舞い降りた。

「そうか……」

この力があれば、戦争は止められずとも、多くの命の奪い合いを止めることは出来るのかもしれない。
ポートガス・D・エースの処刑さえ止められたなら、彼さえ白ひげに返せば、無為に血が流れることもないのではないだろうか。
そうだ、きっと大丈夫。

「隊とは別に、俺は、俺で動いてみます」

俺は友人の刀――名刀・村雨丸を地面から引き抜いて、鞘を払う。
そっと収められていた、砕けた刀が、鞘の中から滑り落ちる。
その中の切っ先を拾い上げて残りを元に戻し、戦争に連れていくことにした。
所有者に底なしの忠誠を捧げたこの刀はかつて、身を折ってまで主人を守ろうと俺に刃を突き立てた。
村雨丸の名にたがわず、いまだひんやりと水のような凍てつきを持っている。
抜けば玉散る氷の刃、とはよく言ったものだ。
その身にまとう水気で、血に濡れた事のない刀をしまいこみ、墓を見た。
全てを、見届けろよ。

「……そうか。無理するなとはいわねェが、また会えることを祈ってるぜ」
「俺、一応海軍ですよ」

苦笑して、かけられていたコートを返した。
そうだったな、と目元を緩ませた赤髪は、コートを受け取り、残りの酒を墓に飲ませた。

「あいつ、下戸だから今頃ぶっ倒れてますよ」
「だっはっはっ!そいつァ悪いことをしたな!」

赤髪は豪快に笑って墓石を撫でた。

「……アサギの死を悼んでくれて、本当にありがとうございます」

深く頭を下げれば、また楽しげにくしゃりと髪をかき混ぜられた。

「さて、この現場を見られると少し面倒な奴が来るぞ。不死鳥マルコだ。分かるな?」
「……ええ。それでは、俺は失礼します」

もう一度軽く頭を下げて、風に溶けた。
軍艦に戻る途中で不死鳥とすれ違い、赤髪の見聞色に心の中で感嘆した。



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