17


補給から間をおかずにサー・クロコダイルを乗せ次第、俺達は出航した。
結局、彼に会うことは出来なかったが、足取りはつかめている。
俺は船尾の欄干に腰かけて、丸い月を仰いだ。
深くため息をつけば息は白く風に流されていく。
青いマフラーは海軍の証という意味よりも、“仲間”を導く色へと意味を変えた。
あいつらは無条件に俺を信じて付いてくる。
だがそれでいいのか?
アサギが望んだことは誰も死なないことであったはずだ。

『海兵だろうが、海賊だろうが、死んだら誰かが悲しむんだ』

あいつらが死んで誰が悲しむかなんて知らないが、少なくとも俺は涙を落とすだろう。
だが、何かを成すためには、代償が必要なのだ。
無傷で手に入れるなど、夢物語だ。虫がよすぎる。
心が押しつぶされそうに痛かった。
あいつらの命を、俺が預かっていいのか?
俺と、心中させてしまっていいのか?
堂々巡りの思考が、俺を食いつぶさんばかりに襲いかかってきた。
月が嘲笑うように俺を見ている。
獣ですら自尊心を持ち唸りを上げるというのに、俺は月光を甘んじて受け入れ、その嘲笑にさえ何一つ返す言葉を持ち合わせていなかった。

「暗い顔をしてるねい」

視界を遮った気だるげな目に思考が止まり、俺は驚いたように目を見開くことしかできなかった。
俺の両脇に足が置かれ、彼の両腕は青い炎へと変容している。
俺はハッと息をのみ、体を蜃気楼へと変えて距離をとった。

「不死鳥……!」
「よう、久しぶりなんだ、もっと再会を喜べよい」
「二度と会いたくないと思っていましたよ」

生憎と今は手元に刀が無い。
シラヌイがじきに刀を持ってくるが、今の状態を海兵に見られるのはよろしくない。

「お前は海賊が嫌いかよい?」
「好きな海兵も少ないと思いますが」

不死鳥は欄干にしゃがみこむと両手を人間のそれへと戻し、不満げな表情でそれもそうだと頷いた。
彼は一体何をしにここまで来たのか。

「本当は今すぐ連れ去って行きたいし、それだけの力が俺にはあるんだが、よい」
「何を言いたいのですか?俺が貴方に手も足も出ないとでも?」

シラヌイはまだ遠い。
普段俺から話して生活させているため、一度俺の部屋に行って刀を取らなければならなく時間がかかっている。
不死鳥がじり、と足を動かせたのに反応して、その場から飛び退こうと力を込めた。
しかし俺が動くよりも早く、瞬間的に距離を詰めた不死鳥は俺の両手を掴むと、素早くかつ静かに壁に押し付けた。

「弱いだろうがよい」

端的な言葉に、ぐっと屈辱にまみれた視線をそらした。
前回のことがあるからか、覇気をはらんだ手でつかまれ、蜃気楼となって逃げることも出来ずに心の中で自嘲した。
俺はこの程度の力で、戦争を止めるだの“仲間”の命を預かるだの言っていたのか?
悩むだけ無駄なことだ。俺には、出来ない。
だが、本部で指揮を執っているスティングに何て言えばいい?
お前が信じた人間には力が足りなかった、俺に命を預けないでくれ?
そんな無責任なことを言うのか?

「だがお前は強い。だから惚れたんだよい」
「強い……?」

口を開いて出てきたのはまるで縋るかのような声で、少しだけ自分を呪った。
不死鳥は俺の言葉には応えず、先ほどの言葉を続けるように顔を近づけて囁いた。

「俺にはお前を攫えるだけの力があるが……――お前を攫って行くのはやめにしたよい」

不死鳥が何を言いたいのか分からず、俺はゆっくりと視線をあげて彼と目を合わせた。
鋭い眼光。
彼に惹かれるものが多いのも分かる。
きっとこの目に惹かれているのだ。
俺はまた視線を落とし、口元を軽く覆う青いマフラーを見た。俺は海兵だ。

「今日お前の目を見てわかったよい」

思考が重なったことに思わずびくりと震えた。
その様子も気にせず、不死鳥は俺の両腕を壁に抑えたまま、少しだけ寂しそうに笑った。
想像もしなかったその顔に、俺は驚き声を忘れた。

「――お前が成そうとしているそれが終わったら、攫いにくるよい。その時は問答無用だ」

視界が滲んだと思えば、瞬きと共に雫が落ちた。
今度は彼が驚き、瞠目したままの俺に焦った様子で言葉を出そうと口を開閉しては、結局何も言わずに涙を舐めとった。
彼の言葉を咀嚼して飲みこんでいく間、俺は小さく首を振って目を伏せ静かに涙を落とし続けた。

「泣くなよい」

顔を離して悲しげに俺を見た彼は青いマフラーをずり下げると、まるで同意を求めるようにゆっくりと再び顔を近づけ、優しく口づけた。言い訳のような僅かな抵抗も、彼は包み込むように受け入れた。壁に押しつけられていた両手が解放されたかと思えば、今度は俺を支えるように腰に手が回された。
確かめるような口づけが、次第に貪るようなものへと変わっていく。
奪われる酸素に呼吸を求めて彼にすがりついた。
すると彼は俺の髪をひと撫でして唇を離した。彼は俺と一緒にそっと床に座る。
惜しむかのように二人をつなぐ銀糸に羞恥を覚えて舐めとれば、不死鳥は顔を赤らめて視線をそらした。

「お前、いや、何でも無いよい……」

不死鳥は誤魔化すように頬をかくと、立ち上がってさっきまでの俺を真似するように月を仰いだ。

「月が綺麗だよい」

俺はつられるように月を見上げ、微かに同意した。

「じゃあな、悪かったよい」

俺の唇を指先でなぞり、にやりと笑った。
海賊の笑みだ。
全てを手にして、失っていくような、刹那の笑み。
消えてしまう幻想の悲しみに、視線を落とした。
両腕を翼に変え、青い彼は欄干に立つ。

「不死鳥、お願いです……ポートガス・D・エースを止めてください」

俯く俺を振り返ったのが、気配で分かった。

「親父がエースを行かせた。だから俺達はエースを止めない。それだけの話だよい」

彼の言葉に頷く。
答えは分かっていた。
彼は今度こそ飛び立つために前を向いた。

「それとな、ラクハール。俺の名前はマルコだよい」

不死鳥は飛び立ち、静かな夜に青い線が引かれていった。



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