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「終わったら、か」

不死鳥の言葉に俺はため息をついた。
彼の大切な家族を返すために、俺達は命を捨てる。俺がいくら弱くても、あいつらを導かねばならない。
強い弱いじゃない。
誰に勝てる勝てないじゃない。
死なせないために、俺達は戦うのだ。
戦争を止めるために。遺志を継ぐために。
爪が床をかく音に、苦笑して手を伸ばした。

「遅いよ」

刀を銜えたシラヌイが小さく頷き、俺の手にすり寄った。
狼の毛並みと温もりが完全に再現されていて心地よい。
刀をすぐ横に立てかけ、マフラーとシラヌイに顔をうずめて忍び寄る睡魔に身を任せた。
眠りは一瞬に感じたが、体の強張りを感じる分にはそれなりに寝ていたのだろう。

「しーっ!あ、ほら、起きちまうって!」

こそこそと囁く声に、うっすらと目を開ければ、見知った顔が何人かいた。
俺の起床に気付いたのか、それぞれがへらりと笑って緩やかに敬礼をしてみせた。

「はよーざいまーす」
「ああ……おはよう」

未だに覚醒しきらない頭を振って周囲を見回せば、いつの間に掛けられていたのか海軍支給の毛布やおそらく朝食であろうサンドイッチや湯気の立つコーヒーなどから書類まで、ありとあらゆるものが俺のすぐそばに置かれていた。
これではまるでお供え物だ。

「俺はお地蔵様かよ」
「ラーク中将最近疲れてるみたいでしたから」

だからってなぜ。
俺は案外子供っぽい海兵たちに笑った。

「心配ありがとう。もう大丈夫だ」

その言葉に彼らも笑った。
それにしても書類を置いたのは一体誰だ。風にとばされたら取りに行けないじゃないか。
一先ず彼らの好意に甘え、朝食はその場で取ることにした。

「クロコダイルの様子は?」
「非常に落ち着いているようですよ」
「そうか。少し話してくるよ。見張りを頼めるか」
「勿論です」

コーヒーを飲みほし、書類を拾い上げてその場を去った。
色々置いてきたが、問題ないだろう。
一人ごちて乱雑に置かれていた書類に目を通した。
は、破損報告じゃないか……。
備品等の破損報告書を前に、経理部にねちねち言われそうだと頭を抱えた。
しかし破損をそのまま放置するわけにもいかないため、俺は書類をシラヌイに預けて部屋に届けさせる。

「ラーク中将、お疲れ様です。クロコダイルですか?」

クロコダイルの収監されている船内牢獄への扉を警護する青年が、にこりと笑みを見せて敬礼した。

「今起きてるかな」
「はい、先ほど朝食を出しましたので」
「そうか、分かった。しばらく誰も入れないように」
「はっ」

青年は短く敬礼をして扉を押しあけた。
中はランプで照らされてはいるが薄暗く、よく整備された表の甲板とは一線を画すような雰囲気を漂わせていた。
うっすらと埃が積もっているのを目にとめて、まるで姑のようだと内心自嘲する。

「お前、ドフラミンゴに絡まれてた中将か」
「お久しぶりです、クロコダイル殿。自分はアルディア・ラクハールと申します」

海桜石の手錠につながれ、以前会った時に見た影もない無残な姿だ。天下の七武海が一海賊、しかもルーキーにここまでしてやられるとは。麦わらのルフィ……危険な男だ。

「確かに貴方の能力には欠点が大きいですが……それほどまでに麦わらは強いですか」

クロコダイルは気分を害した様子で壁に背を預けた。俺も椅子を引き寄せて、彼の正面に座った。

「さあな」
「彼、覇気は?」
「覚えてたら血まみれで戦わねぇだろうよ」

なるほど。
戦闘の様子は知らないため、頷くだけにとどめて次の質問に移る。

「ところで、火拳には会いましたか」
「あぁ、アラバスタに来てたらしいな。だが会ってねぇ」

それがどうした、と探るような視線に笑顔で首を振った。
勿論クロコダイルは納得していない様子ではあったが、深く追求することもなかった。

「お分かりかとは思いますが、これから向かう所はインペルダウン、正規のもの以外、入ることも出ることも叶わない海軍最大の監獄です」
「クハハ!そんなんで俺がビビるとでも思ってんのか、若造」

どすの利いた声に睨まれるが、俺が言いたいのはそういうことではない。
殺気の滲んだ威圧を苦笑しながら受け流して、クロコダイルに手を伸ばした。するりと、蜃気楼がヘビのようにクロコダイルに巻きつく。

「なんだ……?」
「貴方を害するものではありませんよ。俺もインペルダウンに用があるのです」
「お前、能力者か。とんだペテン師だな。海軍も腐ったもんを抱えてやがる」
「失礼な、俺は腐ったもんなんかじゃありませんよ」

思わず言い返せば、彼の目がきらりと光った。
息が詰まる。見定められた獲物の気分だ。

「クハハ、狂言はいい」

彼はぐっと檻に近づき俺の眼を抉るように見た。
すこし驚いた。これが七武海か。
彼はおそらく威圧しているつもりはないのかもしれないが、その存在こそがプレッシャーになっている。
泡立つ肌を抑えるようにマフラーをずりあげた。

「何をたくらんでやがる?海軍ってのは従順な犬ばかりだと思っていたが、そうでもないみたいだな。お前みたいなペテン師は何を望む?地位、名誉、金、どれも違うだろう?」

畳みかけるような言葉に、ぐっと閉口する。
確かに俺はペテン師かもしれない。海軍としてあるまじきことを、海兵として成そうとしているのだから。
青いマフラーは、海軍の証でもあり、彼らを導くしるべでもあり、そして裏切りの証でもあった。

「お前は何を渇望している」
「平和、ですよ」

軽く微笑んで言った俺を、クロコダイルは興味を失ったのか鼻で笑った。
きっと彼は冗談として受け取ったのだろう。
これは、何より俺の本心であるというのに。



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