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「お呼びですか」

スティングが休憩用のソファに座り、何でも無いように背後の俺に声をかけた。
彼の正面にはカモフラージュ代わりに仲間が座っている。
俺はピアノを弾き続けながら、連れて来ていたシラヌイを彼の隣に座らせた。

「俺の副官がお前を怪しんでいる。気をつけろ」
「気付きませんでした。素行には注意していたつもりですが」
「あいつは昔から勘が良い。またしばらく本部を開けるつもりだから問題はないかと思うが、一応念頭に置いてくれ」
「はい、了解しました。俺達のことはばれていませんよね」
「ああ。俺に相談してきたぐらいだからな。あの様子だと、誰にも言っていないだろう」
「……俺の失態です。申し訳ありません」

シラヌイの視界がへこんだ様子のスティングを捉える。
正面に座る仲間が、気遣わしげに彼を見ていた。
俺は彼を責めるつもりは欠片もなかった。彼がぬかったと言うなら俺も油断していたのだろう。

「いや、いい。あいつは鼻が利くんだ。普通なら気付かない」
「彼がこちらにいる間は作戦本部に近づかないようにします」
「それが良いだろうな。スティング、気に病む必要はない」
「反省ぐらいさせてください。俺の行動のせいで、作戦に関わる皆を危険にさらしてしまった」
「……いや、お前だけの責任じゃない。とにかく、気に病むなよ」
「はい、ありがとうございます」

彼の表情は浮かないままだった。
俺とシラヌイは揃って小さく肩を落とした。
一肌脱いでやるか。
俺は弾いていた曲をわりと強引に終わらせ、違う曲を弾き始めた。
歌はないし、メロディだって曖昧だが、とにかくアサギが一番好きだった曲だ。
元気が出て、この世界に一番合う曲なのだと、かつて異世界人は言った。

「あ、おい、スティング、この曲!」
「えっ……?」

シラヌイの視界の中でスティングが顔を上げ、思わず、といった様子で笑ったのが分かった。
その姿を見届けて、俺は目を閉じる。

「ありがとうございます……ラーク中将」

出来ることなら、副官も慰めてやりたかった。
お前は間違っていないのだと。良く気付いた、お前は優秀だ、これからも頼む、と。
俺は言えなかった。
海賊染みた、馬鹿みたいに明るい曲を弾きながら、内心、副官に謝罪した。
食堂は開放感をもたらすためか、自然光が多く取り入れられている。
窓から入る光に目を細め、また青を仰いだ。
彼なら、一体どうしていたのだろうか。
あの光り輝く青を纏う彼なら。
彼もまた、部下を持ち、一隊を率いる身であるのだから。
いや、そもそもが違う。
彼は自分の所属するそこを裏切ったりなどしない。
吐きかけたため息を押しとどめて、ピアノを弾くのを止めた。

「もう終わりですかー」
「はい、もう終わりです」

惜しむ仲間たちに背を向けて、長刀をシラヌイに持たせると、僅かな喧騒を残して本部を出た。
つきりと、頬の古傷が痛む。それによって思い出した名刀・村雨丸を包んだ布を出した。
うっすらと湿っている刃の欠片に触れる。
刃に触れても指が切れたりはしない。
海軍本部の外壁に背を預け、小さく笑った。

「許してくれるのか、俺を」

村雨丸はきらりと太陽の光を浴びて輝いた。
滴る雫が、泣いているようにも見えた。
傍から見れば折れた刀に話しかけている危ない奴だが、名刀には魂が宿るものだ。無駄じゃない。
こいつも戦争に連れていく。

「お前も見たいだろ?あいつが望んだ、戦争が止まる瞬間を」

俺はもう、怠惰ではいられない。罪を購うために、戦うのだ。
戦争を止めるために、戦わなければならない。
矛盾しているようで、それが真理なのだと悟る。
戦えば、何も失わずに済むのだから。
俺の纏う覇気が、いびつに歪んで、何か刺々しいものに感じられた。
一体、これは何だ。
いいや、関係ない。覇気は覇気。
びり、と地面や周囲を圧倒するような覇気は、どす黒く青を食らう闇のように見えた。
けれど、それに何を思うようなこともなく、俺は覇気を抑え込む。
ただ唐突に、青い光が、また見たいと思った。



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