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さてどうする。
炎をまとった彼に駆け寄るが、さすがにここまでの注目を浴びれば彼が火拳だとばれてしまうだろう。
今は燃え盛る炎が彼を隠しているが……いや、それも時間の問題だ。
「ここは俺が何とかします、すぐに……」
「デカい傷はねぇけど煙を吸ってる」
そういって火拳は肩に担いでいた海兵を俺に渡した。
捕まるという恐れを微塵も感じさせない笑顔で、早く手当してやれ、と。
どうして、彼は、海賊であるのに。
走ってきた俺の仲間に、救助された海兵を預け俺は茫然と彼を見上げる。
「なぜ……彼は海兵ですよ?」
「これのついでだ」
紙をぺらりと振って見せた火拳はそれをバックポケットに入れた。
「色々ありがとな、んじゃ」
その場から飛び上がった火拳に、周囲がハッと我に返り銃を構えた。
黒ひげの情報が書かれているだろう紙だけを抜いて、極秘のスーツケースはそのままに。
俺は深くため息をついて、右手を軽く上げた。
「全軍、武装解除」
俺の隊が、戸惑いつつも持っていた銃やサーベルを下ろした。
それでいい。
「繰り返します。全軍、武装解除」
「あ、アルディアくん!?何を――」
「我々が二の足を踏んでいる間に、彼は仲間の命を救ってくれました」
「だが……」
「責任は俺が持ちますよ、コーミルさん」
俺はきっと海賊を助けたりはしない。
けれどアサギなら、火拳のようにして助けたのだろう。
俺の言葉に、コーミルさんは首を振って自身の手を上げた。
「全軍!武装解除!!」
「――……言いだしておいてなんですが、よろしいのですか?」
「みんな黙っていればバレないさ。火拳のエース、君には礼を言おう」
「いいって!じゃあな――っと、忘れるとこだった!コレ、お届け物です」
火拳はコーミルさんに手紙を渡すと、欄干から飛び降りて一人乗りのボートに乗り込んだ。
俺は彼を見下ろして、早く行きなさい、と促した。
ここにいる者は誰も彼に銃口を向けていないが、こんなところをほかの支部やパトロール中の海軍にでも見つかれば大事だ。
「なあ、アンタ!俺はポートガス・D・エースだ!アンタ、名前は?」
「海軍中将、アルディア・ラクハールです」
「ラクハール!ありがとな!」
彼の背中には、海賊の印である白ひげ海賊団の刺青が大きく描かれていた。
次に会うのは、おそらく君が捕まった時だ。
俺は心の中でそうつぶやいて、目を逸らした。
代わりというように、小鳥の姿をしたシラヌイが赤い炎を追った。
「アルディアくん」
「はい」
彼が親しげに礼など言うものだから、いろいろと手引きしたのがばれてしまっただろうか。
俺は少し覚悟を決めながらコーミルさんを振り返った。
「コーヒーが美味しくなりそうだよ」
先ほど火拳から受け取った手紙を持って俺にニコニコと柔らかな笑顔でそう言ったコーミルさんに、俺は頭痛と腹痛に耐えながら笑顔で答えた。
「よかったです」
もう、海軍だめかもしれない。
堕落しているわけではないが、少し……いや、かなり抜けているのだ。
なぜこの人が中将になれたのかが未だに謎だ。
確かに実力はある人だが、だからと言って……。
ああ、もういい。
とにかくおいしいミルクが手に入るようでよかった。
これでG−2のある意味で有名だったコーヒーも、人間が飲むに値する苦さまで戻るわけだ。
「俺、船に戻ります、何か用があればすぐ行きますので……」
頭を抱えたくなる衝動を抑えて、俺はコーミルさんに背を向けた。
あとは副官か俺の仲間たちが何とかしてくれるだろう。
「アルディアくん」
「はい?」
コーミルさんの声に振り向くと、中将はそれらしい年長者の笑みで立っていた。
中将たるべくして、彼は中将なのだ。
その笑みに俺は自分の若さと経験の足りなさを知る。
「私は君が正しいと思ったよ。海兵としてではなく、人としてね。だからあの場は、君に預けた」
君は正しい。
コーミルさんは言葉を区切って、笑顔を消して真剣な顔を俺に向けた。
僅かに圧倒される。
大将とは比べ物にならないが、やはり中将というのは海軍の中核を担う立場なのだ。
「けれど、その正しさは海軍として適していない」
慌ただしく海兵たちが行きかう廊下の真ん中で、ここだけが水を打ったように静かだった。
周囲と隔絶されたような静けさの中で、俺は真っ直ぐにコーミルさんの目を見る。
次に何を言われるのか分かる。
「君が今後、人として戦うことがあれば――もしもそれが海兵として我々が立たねばならない時であれば、私は君を斬ることを躊躇いはしないよ」
俺はゆっくりと瞬きをした。
それはある種の肯定であり、了承であったが、コーミルさんは何も言わなかった。
「そうならないことを祈りますよ、コーミル中将」
彼は破顔した。
「私もだ。さあ、今日はゆっくり休みなさい。明日にはここを立つんだろう?」
「はい、ではお言葉に甘えさせていただきます」
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