25
シラヌイを使って覗き見た黒ひげについての書類を作り直し、極秘と書かれたスーツケースにそっと入れた。
極秘船が燃え尽きてしまったこともあり、これは俺の船で本部に届けることになった。
デスク仕事に目頭を押さえ、涼むために甲板へと出た。
海はからりと晴れていて、いい追い風も吹いている。
この分だと予定よりも早く本部につきそうだ。
いいのか悪いのか。
俺は副官とスティングを双方に思いながらため息をついた。
風がそれを浚ってどこかへと俺の幸せを逃がしてしまう。
じくりと鎌首をもたげた俺の中の闇に落ち着けよ、と語りかけた。
心の隙間を蝕むそれは、日に日に濃くなっている気がする。
『アルディア、なあ、お前だろ?』
「赤髪……!?」
視界がぶれて、鳥のシラヌイと同化したことに思わず驚き、その名を漏らした。
「ラーク中将?どうかしましたか?」
普段よりも大きな声だったために、甲板にいた者たちが少し驚いた様子でこちらを見ていた。
幸いにも甲板に出ているのは仲間たちだけだった。
俺は軽く頭を押さえ、視界を自分の所へと戻した。
「いや……少し自室にこもる。誰も入れないようにしてくれ」
「え、あ、はい、了解です」
俺は足早に私室へと戻り、念のため鍵を閉めた。
もう一度、先程コンタクトを取ってきたシラヌイに思考を合わせてやる。
『お頭ァ、鳥に話しかけてどうしたんっすか?』
『鳥じゃねぇ、俺のダチだよ』
『お頭……』
『その目はやめろ!!』
騒がしい声に俺は苦笑し、ベッドに横になって完全に意識をシラヌイへと移した。
視界が開け、青い空と太陽が目を焼いた。
目を慣らすために何度か瞬きをして、小さな鳥の体の声帯だけを作り替えた。
「お久しぶりです、赤髪」
「おう、久しぶりだな!」
「鳥がしゃべったぁあああ!?」
「……何か御用でしたか?」
叫びをあげた彼の部下たちを見て少しの間沈黙するが、赤髪が口を開かなかったために俺はそれについて何も言わず、彼に問いかけた。
「お前、覇気が漏れてるぞ」
「えっ……?」
「やっぱり気づいてなかったか。自分の体見てみろ」
赤髪にそういわれて、ふとこの羽毛に包まれた小さな体を見下ろしてみた。
真っ白なはずの蜃気楼は、まるで黒い炎がそのまま焼け付いたかのように奇妙な侵食の痕を見せていた。
それは、おそらく件の覇気のせいなのだろうが、こんなにも、可視化するほど蝕まれているなんて思わなかった。
「覇気が焦げ付いて自分自身に悪影響を及ぼすなんて、俺は聞いたことねぇが。お前、明らかに拙いぞ」
「ええ、分かっています。俺の能力のせいなので、すべて解除すれば――」
「これ以上能力を使うな。戻ってこれなくなるぞ」
俺の言葉尻を奪うように、赤髪は真剣な顔で言った。
俺は少しの間考えて、首を振った。
「来るべき日まで持てば、十分です」
小鳥の姿から人へと蜃気楼の形を変えた。
それでも赤髪と比べると、俺の身長は小さいほうだと錯覚しそうになる。
俺の海軍としての制服に反応してか、周囲がわずかに騒めいた。
「戦争か」
「はい」
「アルディア、お前それでどうするつもりだ?戦争が終わって、お前の体がもし持たなかったら……」
「俺たちは今、戦争を止めるために動いているのです。その後のことなど、考えられません」
「命を捨てるつもりか」
「そうですね」
「何とも思わないのか?」
坂を転がる大岩が止まることを知らないように、俺たちを止めるためには、それこそ死しかあり得ない。
人はいつか死ぬ。
その前に、彼の命が尽きる前に、俺たちは命を繋ごうとしているのだ。
それ相応の対価を支払わねばならないだろう。
皆、覚悟はできていた。
赤髪は怒りを孕んだ顔で俺の胸ぐらをつかんだ。
「アサギが望んだのか?彼がお前たちの死を望んだのか?」
「それは……」
「覚悟を決めることと、命を捨てることは違うんだぞ!お前は」
「何かを捨てなければ!!」
赤髪の言葉を遮り叫んだ。
俺の制服を掴み上げる赤髪の腕を握って、下に落ちていた視線を彼に合わせた。
仲間の命を死へと導かねばならない俺が、何も思わないとでも思っているのか。
「何かを捨てなければ、何も得られない……火拳の命を得るためには、きっと、俺だけの命では足りない、です」
言葉が尻すぼみに消えた。
ああ、くそ、心が――。
「アルディア……」
赤髪は海軍を象徴する制服から手を放して、俺に触れた。
頬を撫で、まるで慈しむかのように悲しげに微笑む。
赤髪の目に映る俺は、随分と闇に浸食されていた。
「お前は彼らの―――」
「赤髪?」
唐突に言葉を失った赤髪を見る。
「おい、透けてるぞ……!」
体が、一気に温度を失った。
目を見開いて己が体を見下ろしてみる。
両掌が透けて、木の甲板が見えた。
「あ、あっ、なん、なんで……!」
能力の暴走?覇気のせい?
瞬間的にいろいろな考えが頭の中を飛び交うが、それを受け止めきるだけの余裕がなかった。
体が震え、消える恐怖に吐きそうだった。
もしも消えたらどうなるのだ。
志半ばで仲間を置いて俺だけ消えるのか。
アサギとの約束も果たせぬまま。
消えるのか。消える、のか?
「落ち着け!」
赤髪が俺の肩をつかみ、顔を上げろと叱咤した。
ふれられる。
消えていないのだ。
おれはまだここに存在している。
「今すぐ能力を全て解け!」
のうりょく?
一体何を、いっているのだ?
そんなことをしたら、計画が。
赤髪の腕が、おれをすりぬけた。
そのしゅんかん、おれの中のこころが赤髪を喰らった。
蜃気楼は、ただの大気へと溶けた。
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