05


一緒に飲もうとじゃれついてきた隊員たちをまとめて広い酒場に押し込み、マルコは一人で静かに飲める所を探した。
賑やかな町だからか、どうもそう言った店が少なく、もうどこでもいいかと思い始めた時、雨音の中でピアノの微かな音が控えめに鼓膜を揺らした。
誘うようなそれに扉を開ければ、数日前、マルコの心を落とした彼の人がいた。
マルコは混乱に一瞬立ち止まったが、すぐににやりと口角をあげて、歌いながらピアノを弾く男の傍に腰かけた。
それにしても、何て悲しい曲を歌うのだろうか。
指の動きすら柔らかく愛しいと思うのは、出会ってそう立たないというのに、この男に惚れこんでいるからだろう。
男はピアノから手を伸ばして、少しの余韻に動きを止める。
そして、酒を取ろうと視線を動かし、やっとのことでマルコに気づく。

「よう、海軍やめたのかい?」
「……不死鳥」

嫌悪するでも恐れるでもなく、男は少し驚き、困ったような顔で笑った。

「いえ、いまは休暇中ですので」

貴方がたと小競り合いを起こすつもりもありません、と付け加えるように言った男は、今度こそ酒を流し込んでピアノに手を置いた。
まるで興味がないというようなそれに、マルコは眉間にしわを寄せて男の腕を握った。

「お前、名前は」
「アルディア・ラクハールです」

やんわりと手をのけ、名乗る。
思っていたよりもあっさりと名を告げられて、少々驚きつつ、けれど、それだけ自分を重要視されていないのだろうかと思う心もあり、一先ずはその余裕の微笑みを崩してやると決意した。

「おや、兄ちゃんの知り合いかい?」
「え…?」

初老の男が止まったピアノの音に反応してか、こちらへと声をかけた。

「久しぶりに会ったもんでねぃ。少し借りていいかい?」
「ああ、勿論構わんさ。兄ちゃん、ずいぶん世話になったね、ありがとよ」
「え、あ、いや、そもそも俺は……」
「じゃあ、借りてくよい」

ラクハールの言葉尻を攫い、腕を逃がさないようにつかむと、強引に店から引きずり出した。
彼は戸惑い慌ててフードをかぶった。
それもそうか、海賊と共にいる所を他の海兵にでも見られたなら問題もいいとこだ。

「っ、あのっ!――ファタ・モルガーナ……!」

声を張ったラクハールに、通行人が振り向き、しまったというように彼はフードをぐっと下に寄せて何かをつぶやいた。
ふと、周囲の騒音が柔らかくなり、自分たちの姿すらぼんやりとしたことに気づく。
一瞬の警戒が伝わったのか、ラクハールはマルコを見て首を振った。

「俺達の音と姿を曖昧にしただけです。攻撃性はありません」
「ふーん。じゃあ――」

マルコはラクハールを引き寄せ、路地の壁に押し付けた。
さすがに鍛えられているのか、息をつまらせることは無く、不快そうに眉間にしわを寄せただけだった。
雨に濡れた髪が肌に張り付き、扇情的にマルコを誘う。

「ここでヤってもいいってわけかよい?」
「曖昧にするだけです。見ようと思えば見られます」

あくまでも冷静な応対にいらつき、ぐっと顔を寄せた。

「俺はあんたが欲しい。奪われろよい」
「白ひげと事を起こすつもりはありませんが、俺は自己防衛を怠るつもりもありませんよ」
「ラクハール。戦うつもりはねぇ。俺と来いよい」
「俺は海軍中将です」
「海軍なんか辞めろよい。後悔はさせねぇから」

ラクハールは驚いたように少し目をまたたかせ、苦笑した。

「俺は、好きで海軍にいるわけではないですから」
「なら、尚更……攫ってやるからよい!」
「いいえ。俺は、海軍にいなければいけないんです」
「どうして……――」

掴んでいた感触が揺らぎ、ラクハールが蜃気楼になって逃げたということが即座に理解出来た。
そのまま壁に手をついて、消えた感触に怒りを覚えて殴りつけた。

「くそっ!」

なんであんな顔を――。



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