06


思い出した。
迫ってきた不死鳥マルコに海軍を止めろと言われて、やっと思い出した。
いままで枷となっていたそれを。
どうして、それを忘れていたのか。
かつての、友人の記憶。
俺もそいつも大佐まで上り詰め、まるで駆け足のように生きてきた道を静かに振り返り、笑った。
海を見ながら、過去や、未来や、海賊、海軍、その他もろもろを話していくうち、そいつは空を見上げて、寝転がった。

「なあ、ラーク」
「うん?」
「俺、異世界人なんだ」

なつかしむように言ったそいつを、俺は笑わなかったし、疑いもしなかった。
人並みに嘘はつくし、聖人君子、清廉恪勤というわけでもない男を、どうして疑わなかったのかと問われれば、それはひとえに友情と言えるだろう。

「へえ」
「あ、信じてねぇな!」
「信じてるよ、アホ」
「そうかぁ?」

訝しげに俺を見たが、俺の視線は海へある。
そいつは、また空へ視線を戻した。

「俺は、さ」
「うん」
「この先の未来を知ってるんだ」
「へえ、俺のことも?」
「いや。この世界の未来だ。大まかに、主には、海賊なんだけどな」
「そうかー」

そいつが、涙を流しているように感じたが、そちらは向かない。
嗚咽も聞こえないから、もしかしたら気のせいかもしれない。

「いずれ、大きな戦争が起こる。俺はそれを止めたい。だから、少なくとも中将までは行かなきゃなんねぇんだ」
「お前、死ぬつもりなのか」
「分かんねぇ。でも、その戦争は止めなきゃなんねぇし、死なせたくない奴もいる。つーか、最初は、その、海賊なんだけど、そいつだけ助けりゃいいと思ってたんだ。でもよ」

男は身体を起こして、俺と同じように海を見た。

「出来るなら、皆助けたいって、お前らと生きてるうちに思っちまって。俺は、やっぱりお前が死んだら悲しいし、他の奴らだって、仲間が死んだら、悲しいだろ」
「ああ」

海は凪いでいる。
まるで、俺達の会話を全て聞いているように、そして、受け止めているように、優しい光を照り返していた。
かもめが、飛んでいく。

「海兵だろうが、海賊だろうが、死んだら誰かが悲しむんだ。それに、やっと気付いた。お前が言ってた、命の価値が分からねェっていう言葉も、やっと理解出来た」

友人は、悪魔の実の能力者だった。
シンシンの実。
蜃気楼をよび、姿を揺らがせることばかりしかできない、と嘆いていた。

「なあ」
「……おう」
「もし俺が死んだら、俺の遺志を継いでくれないか」
「俺には無理だよ」
「戦いを、止めてくれ」
「お前は死なねぇさ」

噛みあわない言葉たちが、互いを傷つけまいと滑り落ちていった。
無責任な野郎だ、お前は。
俺はその時、泣いていた。
それはそいつの死を予兆していたようでもあり、異世界人であるそいつが俺よりもずっと、真剣に生きていたからでもあったのだろう。

二人が准将へと昇格したころ、一つ戦争が起きた。
その当時、幅を利かせていた海賊団があった。
名前は忘れてしまったが、赤髪海賊団と小競り合いを頻繁に起こしているようだとそいつが嘆いていた。
相討ちになればいい、と俺が言えば、そのために何人犠牲になるんだよ、と彼は苦笑した。
確かに、その通りだ。
准将ということもあって、すでに俺達は別々の軍艦を任されていた。

その日、俺は応援要請に応えた。
友人からのものだった。
現場につけば、友人の姿は無く、島民の避難指示を行っている彼の部下がいた。
嫌な予感がして、副官にその場を任せて走り出した。
あいつが、誰よりも真剣に生きているあいつが死ぬなんて、まだ、早い。
駆けつけたとき、友人は赤髪を庇って腹に刀を受けていた。

「なに、やってんだよ……?」

俺は、意味が分からなかった。
何故海兵が、海賊を庇うのか。
俺は長刀を握り、ありったけの力で、友人を切りつけた海賊を真っ二つにした。
アバラにあたったが、するりと紙が裂けるように簡単に斬れた。
返す刀を赤髪へと振るえば、それを止めたのは、友人だった。

「ラーク……赤髪は未来に必要な男だ!手を、出すんじゃねぇ……!」
「訳分かんねぇよ……お前が死んでまで、その戦争は止めるべきなのか……?」
「ああ……頼む。お前が、戦争を……止めてくれ……!」

友人の刀が、俺によって圧し斬られた。
砕けた刀の破片が、左の頬を突き刺す。
痛みはまるで感じない。
熱を持っているのか、ジュウッ、と音を立てるそれを幾つか無造作に引き抜いて、捨てた。泣いているかのように、濡れた刀身だった。
最後まで、蜃気楼が揺れることは無かった。
崩れ落ち、事切れた友人をぼんやりと見下ろして、俺は長刀を収めた。

「行ってくれ、赤髪」
「……彼の名前を教えてくれないか」
「アサギ……准将だ」
「そうか、ありがとう。君の名は?」
「アルディア・ラクハール」

赤髪は頷き、友人の目をそっと閉じた。
その仕草は、死者に敬意を払ったもの、というだけではない何かを纏っていた。

「シャンクスだ」

背を向けた赤髪に、俺は叫んだ。

「赤髪!こいつがいなくても……お前は死ななかった!まして、怪我すらしなかった!そうだろ!?」

赤髪は振り返って、僅かに微笑んだ。

「彼は、この世界を変えた」

その後、アサギ准将は海軍本部の者であったこともあり、二階級特進によって皮肉にも、彼が望んだ中将へと死して昇進した。
億越えの賞金首を斬ったのは、アサギの手柄という事になっていた。
不満は無い。
むしろ、それでよかったと思っている。
赤髪を庇って死んだのでは、裏切り者だ。

名誉の殉職として、小規模ではあるが、追悼式まで行われた。
俺は追悼式に出ず、かつて共に海を見た丘へと来ていた。
彼の墓標はここにある。
友人の刀を墓の前に立ててやった。
右手には、唐草模様の実。

「分かったよ、仕方ねぇから、継ぐよ。お前の遺志」

俺はまた泣いていた。
本当は継ぐつもりなど無かった。
けれど、何の因果か、奴が喰ったはずの悪魔の実が、こうして俺の手元にある。

「戦争でも何でも、止めてやるから。安心して元の世界に帰れ、ばかやろう」

あいつがあんなに真剣に生きていた海軍という組織で、同じような日々を俺は怠惰に過ごしてきた。
それこそが俺の罪。



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