side:ラムロウ


ふと着信履歴を見るとすごいことになっていた。
すべてユイだ。
ところどころにオリバーの名前がある。
秒刻みでコールされている画面にもはや狂気すら覚え、見なかったことにした。

「ラムロウさん、すみません、エントランスに知り合いと名乗る女性が……」

まさかユイか?
いや、だがあいつはいまシベリアにいるはず、では一体だれが……。
エントランスに向かい、天を仰ぐ。
ユイがいるのはまだいい。
いや、決して良くはないが、この際良い。
だがウィンターソルジャーはだめだろ。

「ラムロウさんごめんヤバい!」
「ああ、俺も相当ヤバい」

きらめく銀腕を知る者は少なくない。
ほら、向こうで野次馬しにきたブラックウィドウが息を呑んでいる。
惜しげもなくさらされた左腕に頭痛がしながら、まずはユイの話を聞くことにした。
ユイはちらちらと背後を気にしながら事態をかいつまんで話した。
ゾラをバグらせた結果、その信者どもが世界征服を始めたらしい。
かいつまみすぎて訳がわからなかった。

「とにかくやばいんです!お願い助けてラムロウさん!」

ウィンターソルジャーの姿に反応した戦闘員たちが奴に銃口を向けるが、洗脳のせいか奴は気にした様子もなくユイを庇い立つように位置だけを変える。
何事だと集結したストライクチームに取り敢えずS.H.I.E.L.D.然として対応すると目配せして、他の戦闘員たちには銃を下げさせた。

「経緯は全く分からなかったが、何をして欲しい?」
「分かんないですよ!私もどうすればいいのか!とりあえずナノマシンの洗脳が始まるから……」
「ユイ、来た」
「ラムロウさん!あいつら追ってくるんです!!助けて!」

ユイが指した方を振り向けばヒドラとS.H.I.E.L.D.の軍事能力をフルに使って製造されたホバリング可能な戦闘機が建物正面に鎮座していた。
血の気が引く。
ようやく事態の深刻さを思い知った。

「伏せろ!!」

ユイの頭を掴んで下げさせようとしたが、一瞬早くウィンターソルジャーが彼女を庇って地面に伏せた。
その直後、ピンクの弾頭が打ち込まれる。
着弾と共に淡いピンクの煙が広がったのをみて、ゾッとする。
ナノマシンによる洗脳と言ったか?

「あのガス吸っちゃダメです!絶対ダメですから!」

ストライクチームの大半が直撃して膝から崩れ落ちている。

「俺の部隊が吸ったぞ!どうなる!?」
「愛の従士になる!いや、えっと、とにかく敵になるガスを吸わせようとしてきます!」

くそっ!
戦闘機から降りてきた奴らに銃で応戦するが、痛みも恐怖も感じていないのか怯むことなく迫ってくる。
ストライクチームの1人が立ち上がり、武装を解除し出した。

「お、おい?」

戦闘機から降りてきた軍の1人がそいつに向かって何かを投げ渡した。
まずい、手榴弾だ!
銃で撃ち殺したとてその手榴弾によってガスが広まって仕舞えば本末転倒だ。
銃を捨てて奴を止めるために走り出した。

「うわああ!ラムロウさん!」

ユイの悲鳴に振り向きかけて、ようやくレーザーサイトによる赤い点が俺の胸にあることに気づいた。
やられた。
胸にあたったピンクの弾丸は、ペイント弾のように衝撃こそあれど痛みもなく、ただ少量のガスを噴霧した。
息を止める間もなくそれを吸い込んでしまう。
一瞬の頭痛がして、なにも考えられなくなり膝から崩れ落ちた。
動かそうと思えば体は動くが、それをする意味も感じず、ぼうっと宙を見つめる。
俺は、何を。

『愛と平和のために』

脳裏に言葉がよぎる。
そうか、愛と平和のために闘わなければ。
立ち上がって同志たちから装備を受け取る。
俺は本部とエントランスをつなぐ広い階段の先を見た。
騒ぎに駆け付けたのか、キャプテンアメリカにフューリー長官、ブラックウィドウ、ホークアイと、シールドの中枢を担う面々が勢ぞろいしている。
ラブグレネードと書かれた手りゅう弾のピンを抜いて投げた。
キャプテンアメリカが盾を構える動作をするが、ガスは防げないだろう。
その時、銀の閃光が閃いた。
人間離れした速度でウィンターソルジャーがラブグレネードに追いつくと、それをキャッチしてこちらに投げ返してきた。
爆風から目を守りながら、不安定な体制から投げ返したために地面に転がったウィンターソルジャーをにらむ。

「なぜ邪魔をする!」

ウィンターソルジャーは立ち上がり、駆け寄ったユイを自身の後ろに下がらせた。

「愛のためだ」
「だから愛を広げているだろ。なぜ邪魔をする」
「ユイが、嫌そうだったからだ。ユイの笑顔を守るのが、俺の愛だ」
「ひぇっ、バッキーさんイケメン……」

ウィターソルジャーの後ろでユイが顔を真っ赤にして悶えた。
幸せそうだ。
そこに愛と平和の象徴を見た気がして、構えた銃を下ろした。
ストライクチームや他のヒドラの面々も次々と武装を解除していく。
両手を挙げてウィンターソルジャーに近づいた。

「目が覚めた。あんたこそが真の戦士だ。ウィンターソルジャー、いや、ラブソルジャー」
「ラブソルジャー!?ラムロウさんまでバグった!?」
「悪かった、ユイ。愛のために闘っていたつもりだったが、間違っていた」
「う、うん、愛のために戦う時点で間違ってるし何なら今の言動も私の中のラムロウさん的には大間違いなんだけど……」

ユイはラブソルジャーの後ろに隠れたままあたりの様子を窺うように愛の従士たちを見回した。

「しかし、では、我々は、いったいどうすれば……愛の伝道師様我々に導きを……」
「ユイ」
「むりむりむりむり!絶対無理!」

ラブソルジャーがユイを迷える従士たちの方へと押しやったが、全員の視線から逃れるように再びラブソルジャーの後ろへと戻る 。

「さっきめっちゃかっこよかったじゃん!バッキーさんが言ってよ!なんか得意そうじゃん似合わないけど!」
「従士たちが求めているのは戦士じゃなく伝道師の言葉だ」
「伝道師になんか就任した覚えないけどね!」

ユイはうぐぐとうなって仕方がなさそうにラブソルジャーの隣に並んだ。

「洗脳禁止!ナノマシン禁止!愛と平和のためなら何してもいいっていう発想禁止!平和的に!とにかく平和的に愛を広めよう!いや広めるのはやめてほしいんだけどこの際いいや。ね、分かるよね、愛は押し付けるもんじゃないからね」

ユイの言葉にうなずく。
そうだ。
愛と平和が根幹だったではないか。
だのに俺たちは愛を振りかざして平和を乱していたのかもしれない。
ユイは正しい。
やはりユイこそが愛の伝道師だ。
湧き上がる拍手に俺も続いて拍手をした。

「もうやだこの世界」