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「ラムロウさんに会える?」

元シールドに潜入していたヒドラ、現愛の従士となった複雑な立場のラムロウさんに会えるだろうかと、昨日目覚めてから食事を買ってくる以外私のそばを片時も離れないバッキーさんを伺いみた。
私の食事は看護師さんのような人が運んできてくれるが、味気ないのでたびたびバッキーさんの買ってきた食事をつまませてもらっている。
入院あるあるだと思う。
バッキーさんは少し考え、スティーブに聞いてみるか、と端末を取り出した。
バッキーさんは長いこと冷凍保存されていてこの時代のものには疎いそうだが、おぼつかない様子でメールを打っていたロジャースさんに比べれば、バッキーさんは呑み込みが早く容量がいい。
たびたび任務で外に出ていたからな、と言っていたが、人間ってそう何度も冷凍解凍されていいものなのだろうか。
ヒドラという組織の非人道性が見える。
ラムロウさんも元ヒドラだけど、私は取り繕った姿と、ラブクラックで愛の従士になったラムロウさんの姿しか知らないので、いまいちピンとは来ていない。

「迎えに来るらしい」

バッキーさんが通話を切ると、部屋がノックされた。
え、早すぎなのでは。
バッキーさんと顔を見合わせると彼が立ち上がって扉を開けた。

「HI、伝説の殺し屋さん、Ms.ラブハッカー。ラムロウのところまで案内するわ」
「ラブハッカーって私のことですよねやめてください。二度と呼ばないでください」

迎えに来てくれたロマノフさんはいまにも笑いだしそうな様子で私たちについてこいと背を向けた。
その道すがら、ラムロウさんの現状を聞いた。
ラブクラックのバグでナノマシンがオーパーヒートし、その影響で脳が損傷したため、目覚めたのもつい3日前だという。
ナノマシンのバグ。
ロマノフさんは、詳しいことは分からないが、スタークさんによれば同一事象への怒りと歓喜という相反する感情のオーバーロードループによって処理落ちした、とのことだといった。
考えうるバグだ。
非常に不本意ではあるが、愛の伝道師たる私がバッキーさんに撃たれたことへの怒りと、私がバッキーさんをかばって撃たれたことに対する歓喜だろう。
私のポンコツブログラムのせいで、ラムロウさんの脳を傷つけた。
連れていかれた先は、ガラス張りの独房だった。

「ラムロウさん!」

私が病室で寝こけていた間、ラムロウさんはこんなところにいたのかとわずかにショックをうけてガラスへと駆け寄った。
私の声にラムロウさんは横になっていたベッドから起き上がった。

「よお、愛の伝道師」

茶化すでもなく、真面目に挨拶をするラムロウさんに、まだラブクラックのナノマシンがその頭の中にあるのだと察してしまう。

「無事でよかった」

ほほ笑むラムロウさんは、私の後ろにいたバッキーさんを見て顔をしかめた。

「あ、か、考えないで!」

ラムロウさんの脳に負担がかかる、と慌てて止めたが、感情の強さの違いか、ラムロウさんの意識が混濁する様子もなく私の方に視線が戻る。

「ユイ、俺たちは愛と平和のために何をすればいい?俺が今、ここにいることは、愛と平和のためになっているのか?」
「そ、それは」

なんと答えればいいのかわからず口籠る。
言葉を間違えれば、ラムロウさんは自殺しかねない。

「君がすべきなのは、彼女のために働くことだ」

ロマノフさんの後ろからフューリーさんが現れた。
眼帯に隠されていない鋭い視線がラムロウさんから私に移る。
バッキーさんが少しだけ前に出た。
ラムロウさんにもバッキーさんにも警戒されて、この人悪い人なのかな。
いや、悪い人なのはこっちなんだけど。

「言われるまでもない。が、ここでユイのお荷物になっているのであれば、愛と平和のために俺は死ぬべきだ」
「そっ、そんなことないです!なんで死ぬの!バカじゃん!」

思わず怒鳴った私に全員の視線が向いた。
こっちみんな。
じゃなくて。

「あの、えっと、とりあえず、ラムロウさんは、出して貰えるんですか?」
「君次第だ。君がS.H.I.E.L.D.に協力してくれるならな」
「……えっと、ロジャースさんに協力、でもいいですか?」

雇用契約では無いが、義理立てする相手は選びたくて、チラリとバッキーさんを見てロジャースさんの名前を出した。
あの人なら多分大丈夫。

「いいだろう。ロマノフ、出してやれ」
「……了解」

ロマノフさんはバッキーさんとラムロウさんを少し警戒した様子で見つつ、セキュリティを解除した。
ドアが開く。

「ラムロウさん!」

久しぶりのラムロウさんが嬉しくて駆け寄ろうとしたが、バッキーさんに引き留められた。

「ん!?」
「いい、ユイ。愛だな、ウィンターソルジャー」

ラムロウさんは微笑ましそうな顔でバッキーさんを見た。
ラムロウさんっぽくなくて嫌だった。
バッキーさんも嫌だったのか私の腕を引いて一歩下がる。

「まず早急に、ラブクラックに汚染されていないヒドラの名簿を作る。ラムロウ、協力しろ」
「ユイ、教えてくれ。それは愛と平和のためになることか?」
「…たぶん。少なくともヒドラは平和をもたらさないと思う」
「分かった、協力する。だが俺は全体を把握していない。シットウェルの方が詳しいはずだ」
「シットウェルはシベリア基地で汚染された。いまは愛のためにしか言わない。多くの被汚染者たちが同様の状況だ。ナノマシンのバグだろう」

ゾラがどんな手を加えたのかは分からないが、少し違和感のある内容だった。
考え込んだ私をラムロウさんとバッキーさんがちらりと見た。
それをさらにフューリーさんが見とがめる。

「なんだ?」
「あ、あの、いや、その、100%じゃないですけど、バグの内容としては違和感があるので、もしかしたら単純に、汚染されたラムロウさんが話せば、いけるかも、です」
「了解。俺が話す」

ラムロウさんは私にうなずき、バッキーさんとアイコンタクトをした。
私の知らない位置で何かが暗躍している気がする。
フューリーさんもそれを感じたのかロマノフさんと視線を合わせた。
どいつもこいつもアイコンタクトばっかりだな。
とりあえず私もバッキーさんとアイコンタクトをしておく。

「は?かっこよ」
「どうした?」

首を振って少し険悪なラムロウさんたちに向き直る。

「ではさっそくシットウェルに聞き取りをするとしよう。ロマノフ」
「了解」

ロマノフさんは嫌そうにラムロウさんを連れて行った。

「正直なところ、ラブクラック汚染は起きてよかったと思っている」

フューリーさんは少し雰囲気を和らげて私たちを見た。
私は顔を顰めた。
いいはずなんてない。
人の脳をめちゃくちゃに作り替えるナノマシンだなんて、非人道的すぎる。
しかも、バグを包含しており、オーバーヒートの可能性がある。
ラムロウさんが助かったのは、たまたまだ。

「君からすれば受け入れ難いことだろうが、我々から見ればS.H.I.E.L.D.内に巣食っていたヒドラの一斉摘発ができ、さらに指揮系統が変わったがその損失の補完までできた。感謝を、博士」
「あの、ナノマシンは、全て破棄したんですよね?」
「勿論だ。我々以外の手に渡れば今度はシベリア基地だけの汚染では済まなくなる」

少し安心した。
よかった、危険性を分かってくれている。
私や私の作用によってラブクラックを克服したバッキーさんはおそらくナノマシンの影響を受けたりはしないだろうが、目の前のフューリーさんだって標的になりうるのだ。

「良かったです。しかもあれ、ゾラに納期急かされて秘密にしてたんですけど、修正されてない重大なバグがあるので」