11
「スタークさん!」
ラムロウさんや、他の従士たちのこともあってS.H.I.E.L.D.の基地に軟禁されていたが、息抜きに何かいるかと言われたのでスタークさんとの会合を望んだ。
バッキーさんはいい顔をしなかったが、正直譲れない。
あれほどの天才に合うのは初めてだったのだ。
フューリーさんはちょうど技術協力で呼んでいるから好きに会うといいと言ってくれた。
もっと早く言ってみるべきだった。
「やあ眠り姫。王子のキスで目覚めたのか?」
「そんな感じです。それより人工知能を見せていただきたいです!いつ頃都合つきそうですか?」
「さあ、予定はどうかな、ジャーヴィス」
『資料整理の途中ですが、コーヒーブレイクでも取ろうかと思っていたところです。Dr.アマミヤ、お会いできて光栄です』
「は、はわわ、あなたが、世界最高の人工知能……!」
「おい、俺と会うときより喜ぶな」
どこへ行くにもついてくるバッキーさんはスタークさんとの会合も例外ではなく渋々ついてきた。
そんなに嫌なら来なくてもいいのに。
というと、嫌なのではなくあわせる顔が、と口籠もっていた。
何かしらあるのだろう。
居心地の悪そうなバッキーさんはドア横の壁で顔を伏せて腕を組んだ。
スリープモードかな?
「ジャーヴィスさん、質問してもいいですか?」
『なんなりと』
「トロッコ問題、あなただったらどちらを選びます?」
『条件は一般的な5人と1人の天秤問題でしょうか?』
「んー、では、1人は悪人にしましょう。世界の脅威、戦争を起こし、金を儲ける。そしてもう片方は今後どうなるか全くわからない子供。もしかしたら悪人になるかもしれないし、善人になるかもしれない。どちらを助けますか?」
『……悪人を』
スタークさんは少し驚いた様子で端末を見た。
私は予測していたが、それでもそちらを選んだ人工知能に舌を巻いた。
「すごい!ではもうひとつ、犬と猫だったらどちらを助けますか?」
『犬、でしょうか』
「当たりです!すごい!』
「当たりとかは無いだろう、トロッコ問題なんだから」
「そんなことないですよ、バッキーさん!だってジャーヴィスさんは私が犬派か猫派かを予測して答えてるんですから!」
スタークさんは私の質問の意図が本質的にはトロッコ問題など関係なく、言葉の裏を読む思考性能を測ったものだと気づいたらしく、では一問目は、と考え始めた。
悪意はないから考えないでほしい。
「本当に尊敬します、スタークさん」
「あ、あぁ。僕ほどではないが、君も随分と独創的だな。ラブクラックの解析がしたいものだ」
「……だ、だめですよ?」
あれは有機体から取り出した時点でプログラムを消去するように作られている。
そこは私が作ったわけではないが、ゾラのシャットダウンをする際に見た。
ラブクラックの解析とはつまり、脳を生きたまま取り出し、さらにその内部にあるナノマシンにそのままの状態でアクセスするということだ。
生きたまま解剖だなんて非人道的すぎる。
「もちろんただの願望だ。ゾラの解析を進めればラブクラックのコードもそこから割り出せるだろうしな」
「フューリーさんにも言いましたけど、あのナノマシンは破棄すべきですし、同様にラブクラックのコードも破棄されるべきです」
「フューリーはそのつもりがないみたいだったがね。僕にラブクラックのコード抽出を依頼するくらいには」
「……バッキーさん、私、フューリーさんと話したときなんて言いましたっけ」
「ナノマシンの破棄。コードについては触れていない」
頭を抱えた。
そりゃ稀代の天才たるスタークさんにかかればゾラを解析してその中から私の拙いコードの記録を引っ張り出すことくらい朝飯前だろう。
「あの、さすがに、そのまま、渡すつもりじゃないですよね」
スタークさんは肩をすくめた。
数あるモニターのうち一つに小さく「当然、加工するに決まっている」と表示された。
「さあね、僕はコードに興味がある、フューリーはシステム自身に興味がある。ただの利害の一致だ。加工して渡したりなんて面倒なことはしないつもりだ」
「そんな……」
監視カメラからモニターを隠すように動いて俯くふりで表示される文字を追う。
「フューリーさんは、軍事転用するうもりでしょうか」
「さすがにリスクが大きすぎる。そこまでフューリーも馬鹿じゃないだろう。一歩間違えれば人類滅亡だ。ああ、君ら以外はね」
馬鹿かもしれないが、と表示された。
「ラブクラックの解析が完了したら、コードを見せてもらえますか?」
「なぜ?君が作ったプログラムだろう」
「……あれには、おそらくゾラも気づかなかった致命的なバグがあるんです」
「なに?バグ?」
「バグの内容はお伝えしません。スタークさんならお気づきになるかもしれませんが、シールドが暴走したとき、そのバグがストッパーになるので」
「留意しよう。フューリーからはゾラからの抽出しか言われていないからな」
「感謝します。もしフューリーさんにバグを修正するように言われたらコードのオーサーのみが編集権を持つとお伝えください。その様に作ってますが」
「世界一安全なfirewallだな」
「そうですね」
スタークさんの差し出してくれた手を握り返す。
やだなあ、人間の、というかえらい人たちの黒い部分が見える。
スタークさんもそう思っているのかウィンクを返してくれた。
有名人の仕草だ。
「落ち着いたら改めて僕のタワーに招待しよう」
「光栄です」
ただ天才とお話ししに来ただけなのに嫌なことを知ってしまった。
少し私の方でも考えてみなくては、と内心でため息をつきバッキーさんに帰ろうかと声をかけた。
「スターク、夜……時間をとってもらえるか」
「男と二人で語り合うようなタイプじゃないが、僕も聞きたいことがある。21時にここで会おう。いいな?」
「分かった」
重そうな話だ。
二人ともどこか悲しい顔をしている。
話がついたからか、バッキーさんに促されて部屋を出た。
「無茶はしないでね」
「過去の帳簿を清算するだけだ。ラムロウに会いに行こう」
「え。あ、うん」
ラムロウさんはラブクラックのせいで経歴が複雑になってしまったが、今はラブクラックより派遣されてS.H.I.E.L.D.所属のストライクチームとなっているらしい。
そんな雇用形態ありなのかと思ったが、S.H.I.E.L.D.内で穴が開くよりは、目的がはっきりしている外部組織の流入という方向に切り替えたらしい。
元ヒドラということでロジャースさんや現場の人とは多少ぎすぎすしているらしいが、愛の従士たる彼ら的には気にするほどのことではないと言っていた。
ストライクチームの訓練室につくと、私を見たひとりが顔を輝かせた。
面識はない。
「伝道師様!」
「違います。ラムロウさんいますか?」
「お呼びします!少々お待ちを!」
ラムロウさんよりは若そうな人が走っていった。
愛の従士たちに会うたびに伝道師様って呼ばれるのかな、最悪だな……。
ラムロウさんが訓練から出てこちらに走ってきてくれた。
「ラムロウさん」
「よお、導きをくれるのか?」
「違います..…..…」
「ラムロウ、任務予定がなければしばらくユイについてほしい」
「護街か?光栄な話だがあんたはどうする?」
「外せない用事がある。ユイを頼む」
ラムロウさんは少し考えて、うなずいた。
ラムロウさんが考え込むたびにオーバーヒートするんじゃないかとドキドキする。
「愛のために生きろよ」
「努力する。頼んだぞ」
「ああ。少しそこで待ってろ」
バッキーさんと言葉を交わしたラムロウさんはストライクチームの方へ戻っていくとそこで少し話し、女性隊員を一人連れて戻ってきた。
ラムロウさんが話している時すごい勢いで手を挙げていたが肩大丈夫だろうか。
「リー・シンメイです!お会いできて光栄です、伝道師様!」
「ユイ・アマミヤです……それやめてください」
しっかりラブクラックされている人だ。
ストライクチームって本当にみんな汚染されてるんだ.…。
うんざりと項垂れるとバッキーさんが私の肩を掴んだ。
「ユイ、しばらく離れる。S.H.I.E.L.D.は敵じゃないが味方でもない。スティーブにも伝えておくが、とにかく何があってもラムロウたちと行動しろ」
「えっ、なんでそんなこと言うの?スタークさんと話すって言ってたことと関係ある?」
「ユイ、俺も汚染されていたから分かるが、ラムロウたちは信用していい。頼るなら、汚染されている奴らを頼れ」
「ねえ答えになってないよ、何なの?危ないことするの?」
「分からない。だがどんな結果になっても俺はそれが正しいと思う。だから……ラムロウといてくれ」
バッキーさんは私の肩から手を離し、ラムロウさんに頷いた。
なんで言ってくれないの。
バッキーさんの手を握れば、悲しそうに眉尻を下げて私にキスをした。
手を優しく解かれ、バッキーさんは私に背を向けて出ていってしまう。
「ラムロウさん、知ってるの?」
「知らない。が、ウィンターソルジャーの来歴を考えれば奴が何をしようとしているのかは分かる」
「なんなの?」
「愛のために奴が黙ったんだ、俺から言うわけにはいかない。信じて待て」
ラムロウさんはそう言って私の手を握った。
バグだ。
ラブクラックのバグがちらりと見えた。
私はラムロウさんを吐かせることができる。
今奥の手を使うべきか悩んで、笑った。
だって。