13

「空母じゃん」

とんでもない力を秘めたキューブが盗まれて、さらに人類最強の射手であるホークアイさんが洗脳されて連れていかれただとかで私を含めたラブクラックの面々にも声がかかった。
とんでもないインシデントさらっと言われたが、ロキとか言う異星人の首謀者はすでに捕まえたらしい。
ならもう解決なのでは。
ヘリキャリアと呼ばれる空母のような乗り物から海を見下ろす。
あまり前に出るなとバッキーさんに腕をつかまれた。
さすがに落ちないし落ちても無傷だろうけど大人しくバッキーさんのそばに戻る。

「ユイ!」
「ロマノフさん」
「よく来てくれたわ。クリントは私が連れてくるから、お願いね」
「は、はい。できるかどうか分かんないけど、やってみます」

洗脳には一家言あるバッキーさんが、私なら洗脳をとけると進言したことでホークアイさんの洗脳解除係に任命された。
触れてるだけで洗脳がとけるなんてそんなことあるのだろうか。
あまり実感のわかないこの力は、私に向かう作用を打ち消すだけにとどまらないらしい。
ロマノフさんは仕事の途中で私を見つけて走ってきてくれたのか、来た道を戻っていった。
ふと私が乗ってきた機体の護衛機がその姿に見合わず垂直降下し、着陸した。
スタークさんの技術と聞いて納得した。
降りてきた人に見覚えがあって声を上げる。

「ん!?コールソンさん!」
「ミス・アマミヤ、どこかで会ったかな?」
「博物館でお 会いしました!シールくれましたよね?」
「あ、ああー!」

バッキ さんの訝し気な視線に以前、博物館であったのだと短く伝える。

「元気そうでよかった。あの時の女性がラブハッカーだったとは、驚いたよ」
「その呼び方やめてください。S.H.I.E.L.D.だったんですね」
「そうだよ」

コールソンさんは嬉しそうにうなずいた。
そりゃ推しと同じ部隊にいられたらそんなでれでれな顔もするだろう。
バッキーさんは私にあまり説明する気がないのを感じたのか沈黙したまま成り行きを見守ることにしたらしい。

「キャプテンのサイン貰いました?」
「いや、 まだなんだ、ロッカーにカードがあるからとって来ようと思ってるよ」

きゃっきゃとはしゃぐコールソンさん可愛いなと眺めながらうなずく。

「君はもう貰ったのかい?」
「私はバッキー派なので」

ちらりとバッキーさんを見れば、視線を感じたのか意識が戻ってきた。

「近い」

コールソンさんとの距離を離される。

「近い?」
「近い」

バッキーさんが普段ほぼ触れ合っているレベルで隣にいるからパーソナルスペースが分からなくなってきている。
だとするとラムロウさんも割と近いよなあ。
あれはいいのだろうかと思うが、わざわざ藪を突くこともないだろうと頷いた。

「行こうか」

コールソンさんの生暖かい視線を浴びながら、彼の先導で管制室に着いた。
ロマノフさんとロジャースさん、フューリーさんに知らない金髪マッチョ。
その奥でスタークさんと私の知らないおじさんが仲良さげに話していた。
自然とロジャースさんの方へ歩いていくバッキーさんの周りで、スタークさんに挨拶したいが邪魔しない方がいいだろうか、とうろうろしているとスタークさんが気づいて手を振ってくれた。
これはいいってことかな!?

「やあ、随分遅い登場じゃないか」
「スタークさん!」
「バナー博士、面識はあるか?」

博士なんだ。
まあインドア派っぽい見た目だ。
ホークアイさん捜索の件で呼ばれたのかな。

「いや、はじめまして。ブルース・バナーだ、よろしく」
「ユイ・アマミヤです」

反射的に握手の手を差し出したが、彼は一瞬戸惑って握り返してくれた。

「握手嫌でした?すみません」
「い、いや、僕のこと、知らないんだなって思って」
「エイズとかですか?」
「いや、違うんだけど……」

スタークさんが端末を私に見せてくれた。
緑のマッチョが街で暴れている。
ほう。

「これが彼だ」
「え、こっわ、理性ないんです?」
「ああ……」
「そしてこれが彼女だ」

スタークさんはピンクのガスが撒かれたS.H.I.E.L.D.エントランスの動画を再生してみせた。

「ラブクラックの作成者?」
「ごめんなさいごめんなさい99.9%私が悪いけど実行したのはゾラです」

私もバナー博士も少しだけ互いの見る目が変わったと思う。
主に憐れみの方向に。
バッキーさんの後ろに隠れて背中に頭を押し付ける。
恥ずかしい。
博士と呼ばれるほどの人に私の人生最大の汚点を見られるだなんて。
何がLOVE & PEACE だ。

「お前のおかげでヒドラを一掃できたんだ、悪いことばかりじゃない」
「バッキーさん優しすぎる好き抱いて」
「今か?」
「これは慣用句みたいなのだから真面目に受け取らなくていいやつだよ」
「難しいな」

バッキーさんは苦笑しながら、背中にぐりぐりと頭を押しつけていた私を捕まえて自身の前に引き摺り出した。
おい、敵か?

「明日招待の予定だったが延期になりそうだ」
「私はスタークさんに会えたので満足です」

スタークさんは気分が良さそうに頷いた。
ついでにジャーヴィスさんのコード見せてくれないかな。

「アマミヤ、ついて早々すまないがロキと会ってもらいたい」
「はい?」

フューリーさんの言葉に振り返った。
ホークアイさんの洗脳を解くんじゃなかったっけ。

「奴がバートンを洗脳しているとしたら、奴から洗脳を解けるかもしれない」
「なある。了解です」
「ロマノフ」

ロマノフさんが頷いて立ち上がった。
案内してくれるらしい。
異星人って初めて会うな。
やっぱタコみたいな感じなのかな?
それともエイリアンみたいに黒くて頭長いとか?
バッキーさんは短くロジャースさんに挨拶して左手を強く握りしめた。
戦う気満々じゃん。

「怖かったらいつでもやめていいからな」
「ん。バッキーさんいるし平気だよ」

ロマノフさんに着いていくとその道中でストライクチームと出会った。
彼らは私の姿を捉えると敬礼した。
ハイルヒドラのノリで愛と平和のために、と言われる。
やめてほしい。

「ユイ、ロキのところへ?」
「うん。ラムロウさんたちは警備ですか?」
「そんなところだ。同行する」

ラムロウさんたちが私たちを囲むように同行してくれるが、こんなS.H.I.E.L.D.のヘリキャリア内で過剰な護衛だ。
ラムロウさんはロマノフさんをちらりと見ると、私の耳元で後で話がしたいと囁いた。
えっ、ロマノフさんにも秘密の話?
なんだろう。
なんか嫌な予感するなぁ。
前を行くロマノフさんももしかしたら気づいているかもしれないけれど、とりあえず小さく頷いた。
しばらく歩いて着いたのは格納庫みたいな無骨な部屋だった。
真ん中には人が入ったガラスの水槽のようなものが鎮座されている。
え、もしかしてあれがロキ?

「がっかりした?」
「い、いや、タコとかエイリアンとか想像してたんで、思ってたより人間で……はい、がっかりしました」

ロマノフさんは笑いを堪えるように後ろを向いた。

「誰だその無礼な女は」

私はロマノフさんのツボなのかもしれない。
取り繕うようにロマノフさんは咳払いをしてパネルを操作した。

「ユイが入ったらすぐに閉めるわ。一緒に入る人は?」
「俺だ」

バッキーさんが私の横に立ち、ラムロウさんたちとアイコンタクトをする。
それもやめてくれないかな。
日本人たる私はそのアイコンタクト文化にまだ順応できずにいる。
ロマノフさんが頷き、ドアを開いた。
宣言通り私とバッキーさんが中に入るとすぐに入り口を閉めた。

「ええと……あの、私は何を?」
「触れるだけでいい」

バッキーさんはロキさんを手早く拘束し、床に押し付けた。
うわ、こわ。

「何をするつもりだ!私はアスガルドの王、ロキだぞ!」

しゃがみ込んでロキさんの額に手を当てる。
が、上手くいっているのかもよく分からない。
そもそもバッキーさんの洗脳を解いた自覚もないのだから私には上手くいっているかどうか分からないのではないだろうか。

「あってる?」
「あってるが……そのままに俺に触れてみてくれ」

左手でロキさんの額に、右手でバッキーさんの頬に触れた。

「どう?分かるの?」
「何となくな。だがこいつから洗脳の作用は感じない。ユイの力はこいつ自身に反応してる」

難しい話かな。
IQ3の私にも分かるように説明してほしい。

「ロキが洗脳されていると言うこと?」

ロマノフさんがガラスの向こうからバッキーさんに問いかけた。
えっ、そう言う話!?

「いや……だが、おそらくあの杖から少なからず影響を受けていることは確かだろうな。その作用も微々たるものだから、こいつの意志でやっているのは間違いないが」

バッキーさんはあっさりとロキさんを放して私を外に促した。
もういいのか。

「クリントはどうなるの?」
「直接の接触が必要だ」
「そう。いいわ、元々そのつもりだったもの。ありがとう、ユイ。またお願いね」
「あ、はい」

一体何なんだと憤慨するロキさんを尻目に部屋を出た。
私も同じくらいよく分かってないので安心してほしい。
ぞろぞろとストライクチームも出てくる姿を見てそういえばと思い出した。

「あ、ラムロウさんお話しする?」

ラムロウさんは頷いて機密情報室とあからさまにデカデカと書かれた部屋に入った。
え、いいんですかそれ。
インシデントなのでは。

「奥だ」

絶対良くないよなぁと思いながらバッキーさんの手を握ってラムロウさんに着いていく。
いくつかのボックスの中に、ラブクラックと書かれた黒い箱があった。
そんな。

「S.H.I.E.L.D.は秘密裏にラブクラックを複製していた。これが、実用段階になったものだ」
「スタークさんは関与してるんですか?」
「初期の段階で解析をしていたらしいが、途中から名前は無くなった」

資料を手渡され、簡単に説明される。
ナノマシンは脳を破壊せず、ただ汚染するように作り替えられていた。
バグが残っているかどうかは実際に使用されないと分からなさそうだ。

「……いたちごっこになるかなぁ」
「少なくともこれはサンプルだな」

ですよねー。
ふと、ストライクチームの最後尾にいた人、シンメイさんがすっと片手を上げた。
ラムロウさんが人差し指を口に当てて私をバッキーさんの方へ押しやった。
入り口の方から音がする。

「あ、ロジャースさん」

バッキーさんは私の口を覆って左手を構えた。
え、ロジャースさん友達でしょ。
ラムロウさんとアイコンタクトをすると私をまたラムロウさんの方へ押しやって前に出た。
おい、たらい回しか?
傷つくぞ。
ロジャースさんは私たちが見ていた棚とは違う棚から何かを取り出して悔しそうな顔で拳を握りしめた。

「スティーブ」

バッキーさんが声をかけると、ロジャースさんは反射的に拳を構えた。
が、すぐに友人と分かるとその手を下ろす。

「バッキー、どうしてここに?」
「ユイが開発したコードがS.H.I.E.L.D.に軍事転用されていた。お前は?」
「……四次元キューブの力を流用した軍事兵器だ」
「そっちもか。手当たり次第だな」

バッキーさんの横に並んで軍事兵器とやらを覗き込む。
でかいな。
こんなん戦場で役に立つのだろうか。
カニの爪みたいな見た目のそれを眺めた。
カニ食べたいな。
アメリカってあんまりカニのイメージないけど普通に売ってるんかな。

「カニ食べたい」
「今度な。これをどうするつもりだ?」
「スタークたちの推測どおりだ。彼らのところへ持っていってフューリーを問い詰める」
「ユイ、ラブクラックはどうする?」
「あ、じゃあついでに……」

ついでって何だと私も思ったけど、二人は気にせず話を進めた。
あの、ちなみに強盗まがいの侵入したのはいいんです?
ちらちらと剛力でひん曲がっているドアを見ながらバッキーさんの手を握った。
あれって流石に誰が侵入したのか分かりすぎなのでは。