3
想像を絶する綺麗さに住みます、と内見に来た人間のように言ってしまった。
内見じゃなくて職場見学をしに来たんだった。
それにしてもきれいだ。
地下であるため窓はないが、白を基調とした部屋は照明のおかげで暗くはない。
ベッド、洗面所、室内トイレ、テレビ。
ホテルとそう変わらない内装に感動する。
「そりゃよかった」
かしこまった言葉は使わなくていいと伝えると、ラムロウさんは似合わないから助かるとすぐに言葉を崩した。
ネイティブの発音が若干聞き取りにくくなったので、やっぱり戻してほしかったが今更言えないのでリスニング頑張ろうと心に決めた。
「仕事は部屋とオフィスどっちがいい?」
「部屋で」
即答した。
テレワーク万歳である。
了解、と答えたラムロウさんはどこかに電話をかけて、私の居住区域E-3にパソコンとモニターを手配してくれた。
「隣の部屋も空いてるから狭けりゃそっち使ってもいい」
「すごいVIP待遇ですね」
「VIPだしな」
冗談にはなんと返せばいいのか分からなかったので伝家の宝刀営業スマイルを取り出した。
言うて犯罪者なので独房じみた部屋を想像していたが、これは意外だ。
「一応上司になるオリバーに顔合わせに行くか」
「はい」
オリバーさん。
よれよれのスーツを着たおじさんを想像した。
一部のエンジニアは社会性にかける場合がある。
シールドのような特殊組織であるなら、なおの事覚悟はしておくべきだろう。
仕事内容は嫌いじゃないが、業界的にそういった節があるのが悩ましいところだ。
転職したい。
しばらく歩くと、オフィスというか研究所のようなところについた。
道は覚えていない。
「オリバー!」
「は、はい!ラムロウさん……」
白衣をまとった気弱そうな男が顔をのぞかせた。
彼がオリバーか。ひとまず怖い人じゃなさそうで安心した。
「彼女がユイだ」
「よ、よろしく、ユイ」
「お世話になります」
仕事の内容は後で端末にメールするからと言われたので、特に話すこともなく再びラムロウさんに連れられてどこかへと向かう。
「あと一応健康診断な」
「あ、はい」
バリウムとか飲むのだろうか。
いやだな。
顔に出ていたのか、ラムロウさんは肩をすくめた。
「採血とレントゲンだけだ」
よかった。
また研究所のようなところについたかと思うと、今度はしっかり白衣にマスクをしたいかにもドクターといった風貌の男が出迎えた。
「彼女が?」
「ああ、採血とガンマ線量を」
「了解です。じゃそこに座ってください」
いつの間に準備したのか注射器を取り出したドクターに、心の準備とかないのかと思いつつ促された台のようなところに座る。
私だって大人だ、注射の一本や二本。
う、怖い。
目を閉じて顔をそらす。
「注射は苦手か?」
「なんですかラムロウさん、私は大人です。注射ぐらいたったたた大したことnなななないです」
「力抜け」
「抜いてますから」
ドクターが力を抜かせるためか私の腕を軽く振った。
痛みが一向に来ない。
「.……終了です」
「えっ、痛くなかった」
「緊張しました?」
「めちゃくちゃしました」
ドクターは無感動にそうですかと返して腕にガーゼを貼ると台に横になるように指示した。
機械を操作してすぐに問題なさそうだと告げられる。
「ラムロウさん、あとでお時間を」
「ああ。ユイ、部屋戻れるか?」
「戻れないです」
「また来る」
「はい」
「すみません」
ラムロウさんは気にすんな、と肩をすくめた。
気にしない。
部屋に戻る道すがら、入っちゃいけないところあるかと聞いたが、基本的にはセキュリティパスではじかれるため問題ないとのことだった。
よし、探検しよう。
秘密基地みたいでワクワクする。
「大怪我とかしたことあるか?」
「大怪我…小さい頃に木から落ちて怪我したことありますよ。ほら、こめかみに傷残ってるんです」
ラムロウさんは興味があるのか立ち止まって私のこめかみを見た。
ちょうど生え際のところだから目立ちはしないが小さくみみずばれがあるはずだ。
「最近は?」
「ないですね。傷フェチですか?」
「違う」
食いつきがよかったからてっきりそうなのかと思った。
「何フェチですか?」
「……しいて言うなら足」
「まあ王道ですね」
「お前は?」
「筋肉です。特に腕の」
「女ってここ好きな奴多いよな」
「自分にないものを求めるんじゃないですかね。胸しかり、足しかり」
「確かに」
ラムロウさんの女性のタイプを聞いていたら道を覚えるのを忘れていた。
まあ追々覚えればいいだろう。
去り際、ラムロウさんが私の頬をつねろうとしてやめた。
代わりに頬を撫でられる。
何なんだ。
私のタイプはラムロウさんじゃない。
それから1週間、ここが天国だと気づいた。
食堂もあるが、混雑する時間帯以外はデリバリーサービスもおこなっており、部屋に備え付けのタブレットで簡単に注文ができるし、ごみやクリーニングは部屋の外の専用ボックスに入れておけば、週2回のペースで勝手に回収される。
すんごい。
部屋から一歩も出ない生活に感動すら覚えた。
仕事もそれほど難しくないし、オリバーさんはなよなよしているからパワハラもない。
これはもしやイージーモードに入ったのだろうか。