side:ラムロウ


ダイナーにイカレた男が入ってきた。
最悪なランチだ。
サブマシンガンをでたらめに撃つイカレ野郎に左腕をわずかにやられ、小さくうめく。
テーブルをけり倒してソファの陰に隠れ、ハンドガンのセーフティを解除する。
マガジンを入れ替えるタイミングでその脳天をぶち抜いてやろうと顔をのぞかせた時、男は自分でそれを成し遂げた。
クソ野郎が。
俺は銃をしまい、立ち上がった。
客の大半が死んでいる。
俺はたまたま距離があったため難を逃れたが、男のそばである入り口付近は無残なものだろうと目を向けると、女が一人うずくまっていた。
女の周りには、ソファにめり込むでも女にめり込むでもなく、弾丸がただ転がっていた。
女は無傷だった。
ありえない。あのイカレ男はダイナーにいる人間を皆殺しにしようとしてサブマシンガンを暴れさせたのだから。
遠くにいた俺がかすり傷を負い、近くにいた女が無傷だなんて、ありえないのだ。
まさか、スーパーヒューマン?
あまりにも一般人然としている女に住処を与え、職を与えた。
すっかりヒドラの基地になじんだユイ・アマミヤだったが、彼女の不自然の研究は思うように進まなかった。
彼女を害する動きは、すべて彼女の寸前で止まってしまう。
そのせいで血液の採取が出来ず、毛髪による遺伝子鑑定程度しかできないという報告だった。
本来彼女を打ち抜くはずだった弾丸も同じように寸前で止まったのだろう。
止まった、というのはふさわしくないかもしれない。
彼女に害をなそうとした俺とドクターの意見は一致した。
ドクターが針を刺そうとしたときも、俺がユイの頬をつねろうとした時も、止まった感覚はなかった。
しいて言うなら、彼女に向かって進み続ける感覚があった。
進んでいないのに、進んでいる感覚。
大学で物理学を専攻していたというドクターはそれを作用の消失と呼んだ。
ドクターの針は彼女の皮膚を突き破る前に、彼女の特異性によって進む力失った。
けれど、ドクターは持続的に力を加えていたため、一定位置で力の作用が消失しつづけ、結果的に進み続けているような感覚になったのだと、そう憶測を立てた。
夜、ユイが眠りに落ちた後、無意識化で作用の消失は発生しうるのか試したが結果は昼間と同じだった。
矛にはならないが盾にはなる女だ。
利用価値は十二分にある。
ユイに悟られぬよう研究を続けて2週間がたった。
睡眠薬や下剤の類も効かず、彼女の排せつ物からはそれらが全く吸収されない状態で検出された。
様々な実験の中で、研究者たちの風味を引いたのは、無酸素実験だった。
部屋の酸素濃度が危険値の少し前まで達すると、減圧とともに酸素を抜いていた機械が止まった。
破損や故障ではなく減圧が完了したためだ。
しかし、部屋の酸素濃度はまだ基準値を下回った程度だった。
吸引による酸素量を計測していた減圧機は吸い込んだ空気の中に酸素がなかったため停止した。
つまり、部屋の酸素が吸引の作用を受けなかったことと等しい。
彼女自身に対する作用の消失はすでに確認されていたが、彼女以外のものへの作用が消失したのはこれが初めてだった。

「ラムロウさん」
「なんだ」
「ユイ・アマミヤのシベリアへの移送命令です」