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問答無用でジェット機に詰め込まれた。
見送りに来てくれたというか押し込んだ張本人のラムロウさんは、渋面でバカンスだと言っていたが嘘だと思うし嘘だとしか思えない。
いかつい男たちは何もしゃべらないし、上司であるはずのオリバーさんチャットの向こうですらなよなよしていて役に立たない。
アットホームな職場って言ったじゃんラムロウさんの嘘つき。許さんぞ。
ラムロウさんにメッセージでどこに行くんですかと聞いたらシベリアといわれた。
シベリアって。
ロシアじゃん。
ついでに日本帰らせてくれないかなあ。
軍用機のようなジェットでしばらく眠ると、思ったより早くシベリアについた。
私が長く寝ていたのかジェットが戦闘機ばりに速いのか。
男たちに連れられて極寒の雪上に降り立つと、銀色の何かが飛んできた。

「うわっ」

とっさに顔を覆い、地吹雪に目を閉じる。
恐る恐る目を開くと、鋼の腕を持つ人が私の眼前でこぶしを振りかぶっていた。

「うわ、え、なんですか!?」

二歩下がるとマスクで口元を覆った男は私のいたところに拳を振った。
私がよけるのを待っていたような動きに、いったい何なんだと首をかしげる。
シベリアの部族の歓迎挨拶?
だとしたら私もグーパン振っとくべき?
どうする?やる?

「下がれ。失礼、ミス・アマミヤ」

鋼の人が下がるとその後ろにいた老人が代わりのように前に出て手を差し出した。
あ、あぶねー!!
拳振んなくてよかった!挨拶普通じゃん!
でも、だとすると。
反射的に握手を返して、ちらりと目つきの悪い男を見る。

「あの、何なんですか?」
「これから君の世話かがりになる男だよ。ウィンターソルジャーと呼んでくれ」
「えっ、世話係って……いや、いらないですけど……」
「道に迷いやすいと聞いたが?」
「それはそう。じゃなくて……!」

あれよこれよという間にウィンターソルジャーさんに車に乗せられて、私の反論も聞かず基地へと連れてこられた。
ニューヨークとはまるで違う冷たいコンクリートの壁に少し威圧される。
戦時中の秘密基地みたいだ。
ちょっとワクワクするなんて思ってない。

「ゾラのところへ」

命令を受けたウィンターソルジャーさんは私の腕を取るとずんずん進んでいく。
なんか、流れ変わったな。
人生イージーモードだと思ってたのに。
つんのめりそうになりながら、せめて腕じゃなくて手を引いてくれとウィンターソルジャーさんの鋼じゃない腕を叩けば、案外すんなりと持ち替えてくれた。
軍事基地になんて入ったことはないけど、映画で見たそれらを彷彿とさせる内装にきょろきょろ辺りを見回しながら手を引かれるままについていけば、何人かの技術者たちがいる部屋に着いた。

「やあ、ユイ・アマミヤ。私はアーニム・ゾラ、会いたかったよ」

部屋にいた人たちは私と目を合わせようともせずそそくさと立ち去っていく。
残されたのは私とウィンターソルジャーさんとモニターに映る画質の悪い科学者然の男だけだ。
モニターの男が喋ったのだろうか。

「こんにちは」
「こんにちは。早速だが君の力を見せて欲しい」

えっ、入社試験?
ここにきて?突然?
聞いてないよラムロウさん!
バカンスって言ったじゃん嘘つき!!
なに!?何すればいいの!?

「こ、コードを見せてもらわないと、なんとも……あの、ご期待に添えるか……」
「コード?ああ、対価というわけか。ふっ、私がデータだとよく分かったものだ。だが残念ながら私にはコードはない。6万kmに及ぶテープだ」
「テープ?」
「作用の消失者には、ふさわしい対価か分からんが。貴重な物だから慎重に取り扱ってくれよ」

何の話だ。
ウィンターソルジャーさんが部屋の奥に進むと重そうなシャッターを片手で軽々と開けた。
えっ、すごい。
カッコ良すぎ……よく見れば顔もイケメン……えっ、カッコいいな……!

「入れ」

喋った!
声もいい……。
無口なのかな、無駄なおしゃべりはしないタイプ?
おもしれー女展開はなし?

「あ、ありがとう、ございます……」

ウィンターソルジャーさんを伺いながらシャッターの向こうへと足を踏み入れれば、そこはまるでデータサーバだった。
複数の読み取り機と磁気テープが絶えず稼働している。
確かに磁気テープはアーカイブとしては悪くないし、単純な読み取り速度だけで言えばBlu-rayすら上回る。
が、人工知能には適さないはずだ。
ちらりとモニターを振り返った。
あの人が何を言っているのかはよく分からなかったが、口ぶりからして彼が人工知能であるとみていいだろう。
適さないが、テープを使うメリットとしてはオンラインで使用しないことを前提としているため、外部からのネットワーク攻撃に強い特徴を有するためおそらくその観点で使用されているのだろう。
私は一部を覗いて備え付けの端末に触れる。
01コードかよ。
文章のような01コードを眺めてみるが、その文脈に心当たりがない。
古い言語やマイナーな言語であれば分からないのも納得であるが、これはそもそもプログラミング言語で最もポピュラーな英語ベースではなく、ロシア語ベースの物のような気がする。
勘ではあるが、当たらずとも遠からずだろう。
全くわからない。

「おもしろいじゃん……」

初めて見る磁気テープでのデータ管理された人工知能を前に技術者の血が騒いだ。
解析したいが、私はロシア語が分からない。
勉強は苦手だが、目標があれば頑張れる。

「ウィンターソルジャー、ミス・アマミヤに例のものを」

シャッターのそばで立っていたスーパーかっこいいウィンターソルジャーさんは、ポケットから小さい楕円の機械を取り出して渡してきた。
なにこれ?
たまごっち?

「手首に当ててスイッチを押せ」

画面のないたまごっちのようなそれを、言われるまま手首に当ててスイッチを押す。
ひんやりとした金属の感触にいったい何なのだろうと首をかしげる。

「ふむ、本人が作用の内容を知らない状態でも作用の消失はあるらしいな。やはり作用の方向によって消されているとみるべきか」

ゾラの言葉にまた首をかしげる。なんか実験台にされたのだろうか。
うわこわい。
闇のたまごっちをウィンターソルジャーさんに返すと、何も言わずまたポケットにしまった。
最新のいたずらグッズか何かだろうか。
歓迎の仕方が陰キャだ。

「それなんですか?」
「さて、では次に移ろう。ウィンターソルジャー」

シカトか?泣くぞ?
いい年した成人女性が全力で泣くぞ?いいのか?
ゾラの言葉に、ウィンターソルジャーさんはこのマシンルームに来た時のように私の手を取って部屋を出た。
イケメンに手を引かれるのは光栄だが、塩対応が過ぎる。
まあ恋愛ゲームだっていきなり付き合いだすわけではないのだから現実はもっと段階を経なければならないのだろう。
ウィンターソルジャーさんと仲良くなりたいなぁ、イケメンだし。
と、考えていると比較的綺麗な部屋についた。
今まで歩いてきた床や壁と少し材質が違う気がする。
私の手を引いて中に入ったウィンターソルジャーさんはドアを閉めると、くるりと私を振り返った。
何だろう、と思う間もなく唇を奪われた。
人生初の壁ドンは誰もがうらやむイケメンのキス付きだった。

「いや、ちょ、っ、ま」

いやおかしいだろ急に!?
食べられているのではないかと錯覚するほど深いキスに顔を背けようとしたが、彼の鋼の腕によって後頭部をつかまれてしまえば逃げようがなかった。
厚い胸板を押し返そうとも、私の腕に力が入っていないのか彼が強すぎるのかびくともしない。
舌を絡めとられ、甘噛みされる。
やばい、やばい!
歯列をなぞり、再び私の口内に侵入してきた舌に上顎を撫ぜられびくりと震えた。
飲み込み損ねた唾液が、口の端から顎を伝う。

「ひ、ぁ、 ま、まって」

かくりとひざが抜けたが、私の足の間にウィンターソルジャーさんの足が差し込まれていたため床に崩れ落ちることはなかった。
が、これはこれでまずい。
ずり、と意図せず押し付けられたウィンターソルジャーさんの太ももに女の部分が反応してしまう。

「まって、はなして……」
「ここがお前の部屋だ。任務のない時は俺もここで生活することになる」

え、いまその話する!?
盛大に突っ込みたかったが、それよりも先にウィンターソルジャーさんが私を抱き上げてベッドにおろした。
待って待って待って!
恋愛ゲームだっていきなりベッドインはない!
現実ならもっとない!
いくらイケメンだからってやっていいことと悪いことが……!
抗議しようと口を開いた瞬間、また食い尽くされるようなキスに襲われ、今度は酸素まで奪うようなそれに思考が鈍った。
やばい、わけわかんないくらい気持ちいい……。
今までで1番上手いキスに、期待している自分がいる。
深淵のような暗い瞳と目があって、ぞくりとした。
ま、まあ、そういうのも、あり、じゃん?