side:ウィンターソルジャー


成果を上げた。
与えられた任務は彼女を傷つけることだった。
失神に近い形で眠りに落ちた女の髪を撫でて部屋を出る。

「よくやったウィンターソルジャー」

部屋の前で待ち構えていた研究者に、彼女の血がついたガーゼを渡す。

「報告をしろ」
「最初、キスをしたときに舌を噛もうとしたが、出来なかった。彼女が達するときに首筋を噛んだ。その時の血だ」
「彼女の精神状態が作用の消失に影響を与えるのか、面白い。よくやった!」

閉じた扉を振り返った。
無機質な扉に、無機質な男が映った。

「どうした?」
「戻る。彼女に俺もここで生活すると言った」
「ああ、そうだったな。血を採取したことは悟られるなよ。今のところ唯一の採取方なんだからな」

俺は頷いて部屋に戻った。
あどけなさすら感じる東洋人特有の顔立ちに、息が苦しくなる。
彼女に触れていると、少しずつ自分がほどかれていくようで心地よかった。
失った記憶が戻るわけではないし、そんなものが必要あるわけでもなかったが、ただ、触れたいと思う指先は、明確に彼女を求めていた。
頬に触れ、さらに触れたくなって、眠る彼女を抱きかかえるようにして横になった。
ユイ。
細く柔らかい髪に頬を寄せた。
彼女の血を取る名目なら、彼女に触れられる。
自分の欲のために彼女を傷つける自分が、不快だった。
かといって触れた手を離すことも、もうできない。
噛み痕のついてしまった華奢な首筋に顔をうずめる。
彼女と、彼女の血の匂いが脳を焼く。
そのまま俺自身も焼いて灰にしてほしい。
そんな妄想をしながら、いつぶりかの穏やかな眠りについた。
夢は見なかった。

「うぃんたーそるじゃーさん、おきて……もうやばい、むり……」

消え入るようなユイの声に飛び起きた。

「どうした」
「トイレつれてって.……」

何だそんなことかとこわばった筋肉を緩めてユイを抱き上げてトイレに連れて行った。
ユイは慌てたようにシーツを身にまとったが、下は履いていなかったのでそのまま便座におろしてやった。

「あ、ありがと……」

くあ、と一つ欠伸をして返事の代わりにユイの髪をなでてユニットバスに腰掛ける。

「えっ、出てってよ!?恥ずかしいんだけど!」
「戻れるのか?動けないから運ばせたんだろ」
「そっ!そうだけども!排尿音聞かれるのはさすがに抵抗ある!」
「俺は気にしない」
「私が気にするって話だったよね!?」

落ち着いてトイレできないから、とバスルームを追い出されたので部屋に戻ってユイの服を拾い集めた。
監視カメラを仰いで彼女の服は、と問いかけるとすぐにマイクがオンになる音がしてクローゼットにあると男の声がした。
やはり監視はついている。
だからどうというわけではないが、血を採取したことと同様に彼女には知られるべきでないことだろう。
クローゼットから下着と適当な服を取ってバスルームに戻った。
一応ノックしてから入る。

「着替えだ」
「あ、ありがと……」

やや彼女より大きめの服だが、ユイは気にした様子もなく着替えた。
ユイを抱き上げて部屋に戻り、ソファに座らせて手を伸ばせば届く位置にミネラルウォーターをおいた。

「必要なものあるか」
「えっと、あ、私のパソコン、取ってもらっていい?」

カバンごと手渡して上着を羽織った。

「朝飯を取ってくる」

ユイに与えられた部屋を出て扉を閉め、短く息を吐き出した。
息が苦しい。
ユイに触れたいと思えば思うほど、彼女を傷つける自分自身への嫌悪感が沸き上がって綯交ぜになって苦しい。
真綿で首を締めるような行為だ。
食堂に向かえば、その途中でユイの血を渡した研究者と遭遇した。

「彼女の様子はどうだ。気づいたそぶりはないだろうな?」
「ない」

短く答え、配給のパンとサラダを左手に抱える。

「ご機嫌を損なうなよ。嫌われでもしたら触れなくなるかもしれないからな」

研究者はフルーツを手に取ると俺の腕に載せた。
言われるまでもない。
命令に従うだけだ。