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仕事は前と変わらず分析プログラムを書いたり暗号解読のツールを作ったりと細々としたものを作っていた。
私としてもおそらくオリバーさん的にも大した仕事はしていないはずだが、私をシベリアに送った負い目からか何か欲しいものはあるかと問われた。
多少の噛み癖はあれど、めちゃくちゃセックスの上手いウィンターソルジャーさんに2日に一回抱かれるのがご褒美ですねと答えられるはずもなく、それならば、とゾラの解析を始めて2週間。
完全に手詰まりだった。
そもそも01コードを解析した先にあるのが古いロシア語の文章だなんてそんなの分かるわけもない。
ここから先はロシア語をマスターすることでしか進めない。
モチベが下がったせいで遅々として進まないロシア語の勉強にうんうん唸っているとゾラが笑った。
「笑うな」
「そんなに楽しいものか?」
「コードの解析までは楽しかったけど今はもうだるい。ロシア語わかんないし。ねーここ書き変えていい?」
「だめに決まってるだろ。編集しない約束で見せてやっているんだぞ」
「はいはーい」
パソコンでロシア語を照らし合わせながら暗号文を解いていく。
根幹の部分だけでも読み解ければなあ。
自由って言葉が何回も出てくるからこれがメインのキーなのかもしれない。
「人の脳の構造は知っているか?」
「え、シナプスがどうのって話?専門じゃないから分からないよ」
「きみの作る暗号解析プログラムはヒトの脳を解析するのに使われているんだよ」
「へえ、医療系ってこと?」
「そうとも言える」
私はコードを書いたり解析したりが好きなので、作ったものがどう使われているかという話は正直どうでもよかった。
ゾラが構ってほしそうに言うからとりあえず相槌だけ打ってロシア語の解析を進める。
うわ、ほら間違った。
くそーかまってちゃんめ!ちょっと黙っててくれないかなぁ!
「君の解析ツールで脳を解析し、人格部分を的確に破壊。そして差し替えたい人格を君が作った暗号化ツールで加工し、脳に入れ込む。これが実現すれば、世の人格が、感情形成部分が、コントロールされることになる」
「ほーん。すごいじゃん……暗号、あっ、そうか!暗号化してあるのか!ナイスパス!」
このロシア語は暗号化されている状態だ。
これを解錠すれば、全貌が見えるはずだ。
それから三日、仕事もそこそこにマシン室に入り浸った。
もう少しあともう少しなのだ。
そしてついにその時が来た。
解析が完了した。
「ごかいちょーう!」
さあて、なになに?
……ほう、うん、そうか、なるほど……これ、ドイツ語だな。
「ふっざけんなよゾラのバカ!ロシア語の次はドイツ語って!おい!」
「楽しみが増えてよかったじゃないか」
こいつ……!
むかついた。
もういい。
支配項をの中で最も重要そうなものを『LOVE & PEACE』に置換した。
ざまあみろ、このポンコツ旧石器時代AIめ。
いまはキャッシュで理性を保っているのだろうが、私が置換で仕込んだ地雷を踏んだ瞬間お前は愛と平和について考えるメルヘンAIになるのだ、ふははは!
うわむなしい。
ウィンターソルジャーさんに会いにいこ。
AI相手に何をむきになっているのだと我に返り、マシン室を後にする。
ウィンターソルジャーさんを探して歩きまわっていると、何度かあったことのある白衣の研究者の人に出会った。
「こんにちは」
「こんにちは、ミス・アマミヤ。散歩かい?」
「ウィンターソルジャーさんを探してるんです」
「仲がいいね。彼はいまリセット中なんだ。もう少ししたら戻ってくると思うから伝えとくよ。部屋にいるかい?」
リセット?
リフレッシュ休暇のようなものだろうか。
だとしたら休み明けすぐに呼びつけるのも気が引ける。
「いや、やっぱいいです。ってか今時期って外出たら死にます?散歩しようかなって思うんですけど」
「君は大丈夫だろうさ。迷子にさえならなければね」
「あー、じゃあ1時間して戻らなかったらGPSで探してほしいって伝えて貰えます?」
「了解だよ。気を付けて行っといで」
「はーい」
そうと決まれば身支度だ。
部屋に戻り一番暖かそうなコートを羽織り、忘れずに端末を持って外に出た。
すれ違う知り合い皆にウィンターソルジャーと一緒じゃないのかといわれた。
私たちってそんなニコイチのイメージあったのか。
満更でもないぞ。
基地の扉を開けてくれる人もウィンターソルジャーと一緒じゃなくていいのかと問うてきた。
GPS持ってるんでいざとなったら迎えに来てもらいますと伝えて、けれどこんな何もないところで迷子になるものかと肩をすくめた。
しかしあまりにも心配そうに、本部に確認するから少し待てと言われたので、じゃあその辺で雪だるま作るだけならいいですかとふてくされて転がった。
雪はふかふかだった。
暖かいコートのおかげか少しも冷たくない。
「俺の目の届く範囲にいること」
「分かってますよ。雪合戦します?」
「しない」
雪玉を軽く握って門兵さんに投げた。
ぎっちり握った雪玉を投げ返された。
かろうじて当たらなかったけど危ないじゃないか!
氷入れたの見たぞ!
逆らわんとこ、と大人しく雪だるまを作る。
「寒くないのか」
「動いてるんでほかほかですよ。一緒に作ります?」
「作らん」
あーあ、ウィンターソルジャーさんだったら付き合ってくれるのに。
あ、やばい。急に寂しくなってきた。
1か月ぶりにラムロウさんに電話をした。
「もしもーし、ラムロウさ」
「忙しい」
忙しそうだ。
雪の中に顔を突っ込んでごろごろ転がりまわる。
冷たい。
雪もみんなも冷たい。
大きい雪だるまと小さい雪だるまを何個か作って門兵さんの周りにお供えしていく。
「おいやめろ」
「今日はいいことないので、あなたも不幸になるように呪いをかけてます」
「やめろ」
門兵さんが本当に嫌そうに雪だるまをそっとよけたので仕方なく雪玉にして遠くに投げた。
「お前容赦ないな」
「え、そうですか?」
私の非力な腕ではあまり遠くまで流ばなかったが、ムキムキかっこいいウィンターソルジャーさんならきっと地平線のかなたまで飛ばせるのだろう。
門兵さんはたぶん私の倍くらいかな。
しばらく門兵さんに遊んでもらって満足したので中に戻ろうとすると、門兵さんが引き留めるように私の手をつかんだ。
「俺とやれるか?」
「え?」
「俺とセックスできるか?」
「え、いや、ごめん聞こえてる。そうじゃなくて、どうしてそんなこと聞くんです?」
「あんたとやれば上に行ける」
「なんですかそれ。変なジンクスに私を巻き込まないでください」
「ジンクスじゃない」
人生二度目の壁ドンは少し怖かった。
背中に当たる基地の外壁が冷たい。
鳥肌が立った。
男は私のコートの首元に手をかけ、温まっていた部分を外界にさらした。
寒さに身を縮こませる。
怖い。
「俺なら噛み痕なんてつけない。もっと上手くやる。なあ、一回だけでいい。抱かせろ」
「私としたところで、何も変わりませんよ。ウィンターソルジャーさんだってトップにいるわけじゃないでしょう」
嫌な感情が湧き上がる。
愛があるような気がしていたから、見ないフリをしていた。
ウィンターソルジャーさんは、いつも事務的に私を抱く。
笑顔もなく、私への奉仕はあれど、自分への奉仕はさせない。
射精すら事務的に、私をイかせたあと、自身でしごいて出す。
私を抱くのは、なぜ?
「永漬けの敗残兵が人間並みの生活できてる時点で十分いい待過だろ。それも全部あんたの血を」
銀色がきらめいたかと思えば、その瞬間にはもう門兵さんがいなかった。
地平線の彼方までは行かなかったけれど、人が遠くで落ちる音がした。
南無。
「ユイ」
よく知った筋肉の檻に閉じ込められる。
肺いっぱいに吸い込んだウィンターソルジャーさんの匂いに、いつもなら安心するはずなのに、なぜか今日は何とも思わなかった。
「ユイ、一人にして悪かった」
「……はなして、もう中戻るから」