▽ 10話
夜も燭台切と大倶利伽羅が食事を用意してくれた。
おいしすぎる。
人間、じゃないけど人が作ったご飯ってこんなおいしいんだ。
「おいしかった」
「嬉しいな、ありがとう。実は出陣してる時に山姥切くんから食事に興味なさそうって聞いてたから心配だったんだ」
「ふーん」
そういえば遠征って、どれくらいかかるんだろう。
時計を見て、キッチンのテーブルに突っ伏す。
夕食には戻ると思っていたのに。
「あんた、体調悪いのか?」
「いや」
「……寝るなら部屋に行け」
まあ、そうだけど。
一人でいるのは好きじゃない。
特に、夜は。
昼間賑やかだったからか、やけに静かに感じる室内をぼんやりと眺めながら息を吐き出す。
煙草。
あ、もうない。
どちらにせよ部屋に戻らねばならないか、と席を立った。
「もし夜食食べたくなったら起こしてくれていいからね」
「ん」
「おやすみ、主」
「おやすみ」
冷えた廊下を、板目を見つめながら歩く。
今日は寝れるだろうか。
ふと、何かが聞こえたような気がして顔をあげた。
風の音じゃない。
何か、割れるような……。
理由は分からないが、急激に襲ってきた寒気と不安感に、踵を返して走り出した。
なんだこれ、なんだこれ!?
気持ち悪い!
キッチンに駆け込むと、夕食の片づけをしていた二人が少し驚いた様子で振り返った。
「どうした」
「大丈夫かい?」
「分かんない、何か、気持ち悪い……」
少しだけホッとして、リビングの入口から一番遠い位置で洗い物をしていた燭台切の足元に座り込む。
なんだよ、これ。
すごく気持ち悪い。
吐きそうとかじゃなくて……。
燭台切が洗い物の手を止めて、私に視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「なにかあった?体調悪いのかい?」
「……分かんない。こんのすけ、いる?」
呼べば出てくるはずなのに、来ない。
どうしてこんな時だけ……。
「くそ、くそっ……」
頭を抱えて縮こまれば、燭台切は私を抱き上げてリビングのソファに下ろした。
そして私を包むように大倶利伽羅が毛布を掛けてくれる。
しかし気持ち悪さはより強烈に、近づいてくる。
顔をあげたとき、リビングと廊下をつなぐ引き戸がゆっくりと開いた。
燭台切が廊下から姿をのぞかせた襤褸に微笑み「おかえり」と声をかける。
なに、を。
私はハッと息をのんで怒鳴った。
「大俱利伽羅!斬って!!」
大俱利伽羅の手元に刀が現れ、さやから抜き放つ一閃で襤褸を真っ二つに斬り伏せた。
襤褸は上と下で泣き別れ、地面に落ちる。
ごとりと嫌な音を立てて襤褸の中から骸骨が転がり出た。
「お、おか、おがじい、なァ……」
ひっと息を呑んですぐそばにいた燭台切の腕をつかむ。
「伽羅ちゃん!」
「分かってる」
大倶利伽羅が骸骨に刀を突き立て割り砕くと、廊下に蹴り出して扉を閉めた。
錠がかかる音がした。
燭台切が右手に抜身の刀を持ち、私の頭を撫でた。
「よく分かったね。助かったよ」
「分かった、とかじゃ、なくて、あれが何に見えたわけ……?」
「伽羅ちゃんが斬るまで僕には山姥切くんに見えた」
「俺も同じだ」
私にしか、見えてなかったってこと?
この気持ち悪さもさっきのやつのせい?
震えが止まらない私を見て、燭台切は安心させるように微笑んで抱きしめてきた。
「大丈夫、僕たちが守るから」
「あんたは政府に緊急事態の信号を送れ」
大俱利伽羅に言われ、ようやくポケットの中の端末の存在を思い出した。
担当から渡された端末の緊急事態のボタンを押す。
あの役立たずの狐が現れない時点で緊急事態ではあったのか。
「ちょっと落ち着いたかな?」
「……まあ、ちょっと」
よかった、と言いかけた燭台切が、私ごと床に転げ落ちる。
何が起きたのか分からないまま、視界に赤が弾けた。
庇われた。
「光忠!」
「っ、軽傷!主は無傷!」
燭台切の肩を切り裂き、引き戸を割り貫いた短刀が壁に突き刺さっている。
燭台切は怪我をしているというのに少しの躊躇いも見せず私を抱き上げ、部屋の隅に置いて切っ先を出入り口に向けた。
入口から、骸骨が入ってこようとするのを、大俱利伽羅が阻む。
入口が狭いため押しとどめられてはいるが、いつまでもつというのだ。
幾度となく望んだ死が目の前にある。
いや、これは私の望んだ死じゃない。
「燭台切」
私が呼んでも振り返らない燭台切の顎を取ってキスをする。
「なっ!主!いまはそれどころじゃ……!」
「傷を治す」
燭台切はハッと息をのんで肩を抑えた。
山鳥毛を治した時よりも治りが早いのは軽傷だからか、緊急事態だからか。
私はもう一度燭台切にキスをして肩の傷が完全に治りきるのを確認する。
「OK、直った。ありがとう」
燭台切は一度私の手をしっかりと握りしめると、再び刀を握りしめて入口で食い止める大倶利伽羅に加勢する。
「傷はいくらでも治してあげる。守って」
「もちろん!」
「ああ」
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