▽ 17話
実況見分が始まった。
高原が隣にいるし、政府の刀剣たちも、当時まだいなかった長谷部たちも邪魔にならないところにいるので、再現とは言ってもさほど陰鬱な雰囲気はない。
「空間転移完了しました。一時的に保護領域から通常の本丸の位置に戻しましたが、政府刀剣による警護もありますのでご安心ください」
「ん」
「では、再現@、本丸の隔絶を行います。これにより、外部内部双方からの信号が送れなくなります。開始」
高原が端末を二台出してリビングの机に置いた。
片方の電波を示すアンテナが圏外になるが、もう片方は通常通り疎通できているようだ。
「こちらは緊急回線です。青葉さん、いま本丸は隔絶されていますが、何か感じますか?」
「別になにも」
「分かりました。ではこれより、実況見分を開始します。まずはリビングで夕食ですね?」
「そう。で、食べ終わって廊下に出た」
キッチンでは燭台切と大倶利伽羅がそれぞれ当時の位置にいる。
違うのは作業をせず私を見ていることだ。
廊下に出て、少し歩き立ち止まる。
「この辺で、嫌な感じがした」
「侵入ですね。再現A本丸への侵入を開始します」
高原がそう言って端末を操作すると、また割れるような音がした。
ハッと顔をあげて、反射的に高原の手をつかんだ。
「大丈夫です、政府による本丸への侵入です。今どのような感じが?」
「割れた、ような、気持ち悪い……」
「その後リビングへ」
「うん……」
走ってリビングへ戻り、流しで作業をしていた燭台切のところへ行く。
部屋の一番奥だ。
「ここで、こんのすけを呼んだけど、来なかった」
高原が記録を取り、次を促した。
燭台切が私を抱きしめ、そのままソファに座った。
あの時と違うけれど、この不安感から燭台切の手を離せなかった。
しかしあの時よりずっと嫌な感じが少ないのは訓練だからだろうか。
「そして、時間遡行軍が現れます」
リビングの引き戸が開き、山姥切が現れる。
「え?」
「ああ、いえ、時間遡行軍を用意するわけにはいきませんから。政府の山姥切国広で代替しています」
「あ、ああ、そういうこと」
私にも山姥切に見えたのかと思って驚いた。
まあ、嫌な感じはしないから、別に良いんだけど。
「それで、青葉さんが察知し、大倶利伽羅に斬るように指示」
「うん。斬って、って」
視線を受けた大倶利伽羅は、手元に刀を現して鞘から抜かないまま軽く山姥切に刀を振る。
「まっ、って、下さい、刀を、顕現……?」
「え?」
高原も政府の山姥切も驚いた様子で大倶利伽羅を見た。
なに?
「き、基本的には、内番の戦闘移行時は、霊力の補助札を使用して刀の転送を行い、緊急対応をしたりします。素の霊力だけで刀剣とはいえ再顕現を行うのは、審神者の霊力枯渇や霊力減少による失神が発生したりするので基本的には出来ないはずなんです」
「火事場の馬鹿力ってやつ?」
「いや……一応その、当時の調書を作っているときは、青葉さんの命の危機という条件があったので、一時的な霊力上昇による再顕現かと思っていたんですが……」
「これは、あんたに負担がかかるのか?」
「何も感じてないけど……」
「あー、あー……まあ、ほら、僕らも強くなってるから、審神者の霊力だけじゃなくて、僕らの神気も使って顕現してるんだよ」
燭台切は、きっと体を重ねたから跳ね上がってるんだ、と囁いてくる。
そういうのがあるんだ。
じゃあみんなセックスすればいいのに。
私の考えていることを察したのか、そう簡単な話じゃない、と燭台切は苦笑する。
「ま、まあとにかく、ええと、時間遡行軍を室外に出し、戸を閉じます。その後、青葉さんが緊急信号を送信ですね?」
「うん」
端末を出して、緊急信号を送る。
「燭台切光忠、大倶利伽羅の両名を修復しながら救出まで戦ったとありますが、何回ほど手入れされましたか?」
「さあ?いっぱい」
「資源も手伝い札も前回の記録から減っていませんでしたが、どのように修復を?」
「唾液飲ませた」
「霊力補給による修復ですね。血液ではなく唾液ですか?」
「うん」
「血液による霊力の譲渡は行いましたか?」
「してないよ、そんなこと」
私が答える前に、燭台切が答えた。
二人は、私の血におびえているようにも見えた。
私の血を飲むことなんて、たぶん二人の意識があるうちはないだろう。
高原は少し驚いた様子で、そうですか、と頷いた。
「タバコ吸っていい?」
「あー……はい、どうぞ」
高原は少し考えて頷いてライターを出した。
え。
「青葉さん、ヘビースモーカーなんで。どうぞ」
私のくわえた煙草に慣れない様子で火をつける。
ニコチンが嫌な感じを抑えていく。
命の危機があるような、そういう嫌な感じじゃなくて、私の問題のやつだ。
煙を吐き出して、終わりでいい?とソファに座り込む。
「あともう少しだけお願いします。政府の山姥切長義とともに、青葉さんの刀剣が救助に来るところまでで終わりなので」
「山姥切、ちょうぎ?」
「ああ、紹介していませんでしたね。銀髪の彼が政府の山姥切長義です」
「救援が遅れてすまなかったな」
リビングのドアから見覚えのある銀髪が現れた。
「山姥切?」
「ああ。あの金髪は俺の偽物だ」
「へえ」
政府の山姥切銀髪が燭台切を促すと鞘に入ったままの刀で軽く鍔迫り合いをする。
お遊びのようなそれはすぐに終わり、山姥切銀髪がリビングの外に出る。
燭台切がその後を追って、緩く刀を振る。
眺めていれば、燭台切が私を振り向く。
「ん?」
「で、主が、本物って教えてくれて」
ああ、その視線ね。
煙草を吸って天井に煙を吐く。
記憶をなぞるようで気持ち悪い。
「もういい?」
「そうですね、後は政府の記録もあるので問題ありません」
「そ。灰皿」
「ほら」
大倶利伽羅に差し出された灰皿に灰を落として口にくわえる。
「君の霊力は、他者を食って得た物だろう」
山姥切銀髪が言った。
あー、何か棘あるなぁ。
燭台切と大倶利伽羅、外にいるうちの山姥切たちがぴりつくのを感じる。
別にいいけど、面倒くさそう。
どうしようかな。
高原だけが頭上にはてなを浮かべて銀髪を振り返る。
「どういう意味ですか?」
「彼女から匂うのは、無数の縁の匂い。随分と人をたぶらかすのが上手なようだ」
高原は苦笑する。
「はは、青葉さん、モテそうですもんね」
そうじゃない。
そういう、話じゃない。
銀髪は私に敵意があって、わざと嫌な言い方をしているのだ。
高原はそういう人の棘に慣れているタイプじゃないから、気づかないだけ。
燭台切は私を守るように少しだけ体の位置をずらす。
「そうだね。たくさんの人から、愛を向けられて、自分からは何も返さない。縁がそういう繋がり方をしている。君は、多数の人間から心を奪い、平気で踏みにじる。時代が時代なら、人をたぶらかす妖や化け物と呼ばれるだろうね」
ここまで言われて、ようやく高原も銀髪の敵意に気づく。
「お前、他人の本丸でよくそんなこと言えたな」
大倶利伽羅が刀を抜く。
それを皮切りに、燭台切も、リビングの外にいる山鳥毛やうちの山姥切も刀を抜いた。
はあ、めんど。
「いいよ、大倶利伽羅」
立ち上がって煙草を深く吸い込む。
こういう輩はいる。
現代にもいた。
だから別に、苦しくもないし、辛くもない。
傷ついたりもしない。
ただ、面倒くさいだけだ。
煙草の煙を銀髪にふきかけて、私を蔑む目を見上げる。
「刀がさぁ、一丁前に人の心を語んないでよ」
「君より長生きなものでね」
銀髪の耳をふさぎ、キスをした。
舌で上あごをなぞり、彼の呼吸を阻む。
刀も人間と同じ。
銀髪は最初、私の出方を見るつもりだったのか抵抗しなかった。
そのうちに抵抗できなくなる。
壁に背を預けて、肩で息をする銀髪は、辛うじて立っているだけだ。
「キスされたの初めて?上手いでしょ、私」
「っ、く……」
「人間ってさ、他人のことは想像したり理解できるけど、知ることはできないんだよ。あんたがさぁ、刺されて血を流してもさ、私は痛そうだなって思うけど、その痛みを感じることはできないじゃん?」
「何が言いたい……?」
「あたしはさぁ、思われる側かもしんないけど、だからって別に奪われない側じゃないよ」
まあ、ここにいるのがその最たる例でしょ。
銀髪の刀を抜いて握らせ、私の首に当てた。
「私がバケモノだって言うなら斬れよ。出来ないくせに。私から何もかも奪ったあんたら政府が、人のこと言える立場なの?」
人の痛みは、同じところにナイフを刺してようやく知ることができる。
私の力によって薄皮を切り裂く刀を、脇差が止めた。
いつの間にか骨喰が後ろに立っていた。
振り返ろうとした時、銀髪の首に刀が添えられる。
壁に切先を埋め、刀の腹で喉を押し切ろうとする長谷部は、私に許可を、と呟いた。
堪えるような低く小さいその声は、自身を押し留めているようだった。
「大将、こいつら殺す?」
信濃の声に気づけば、政府の刀剣たちが高原が、私の刀剣たちに刀を向けられていた。
私は灰の延びた煙草を吸って、煙を吐き出す。
「やめなよ。苛ついただけ」
左手の中にある銀髪の刀を一度強く握り、顕現を解かせる。
そして再び顕現した。
あの狐の口ぶりから、刀剣男士の忠誠は顕現した人間につく。
私を蔑むことはできても、逆らうことは出来ないだろう。
はっ、いい気味。
口には出さず、刀を足元に捨ててソファに戻った。
「た、大変申し訳ございません、青葉さん」
刀剣たちが刀を下ろしたのを見て、高原は膝を床について頭を下げた。
その隣に狐が現れ、同様にぺたりと頭を床につけた。
「政府の意見ではございません。山姥切長義による私的な発言、および差別的発言を全て撤回し、謝罪いたします」
「別にいいよ。帰って」
「はい。本丸の座標を保護領域内に転送し、破損バリアの修復を行います。この度は政府刀剣による発言でご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」
「も、申し訳ありません……」
「別にいいってば。こんなの現代じゃよくあることだし」
銀髪の顕現が高原の貼った札によって解かれ、他の政府の刀剣たちも私に一礼して去っていく。
「あー、うざ」
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