▽ 18話


女かよ。
午後、指導員が連れの黒い狐と共に訪れた。
煙草を消して軽く挨拶をする。
若いな。
25くらいかな。
指導員っていうから30代以降の人が来るかと思った。

「審神者育成学校の指導員、笠木と申します。本日より結界術、護符などの指導をさせていただきます」
「タメ口でいい?敬語がいい?」
「あ、えと、なくても大丈夫です」
「笠木ちゃんもなくていいよ。緩くやろうよ」
「えと、はい。慣れたら……」

じゃあ早速、と笠木は本を出した。
結界術について、と書かれている。
本当に教材みたいだ。
学校があるくらいだから実際教科書なのだろう。
教本をパラパラとめくり、中を流し見する。
隣に座る山鳥毛にも見せてやれば、興味深そうに文字を視線で追っている。

「結界術で意識すべきことは、中と外、そして何を入れるか、または何を入れないかということです。まずは、排他結界を張ってみましょう」

笠木は私の手を握り、部屋の中程に張った4枚の札で結界を張って見せた。
入り口側と奥側のちょうど真ん中、天井と床に左右2枚ずつ貼られた札を境に、薄いガラスのような透明な違和感が現れる。
これが結界。
ファンタジーな現象を前に、不思議な気持ちになり結界に触れる。
確かにガラスのような、けれどそれよりもやや柔らかさを感じる不可視の壁がある。

「山鳥毛、これ切れるの?」

私の後ろから、山鳥毛も結界に手を当てた。
そして眉を少し吊り上げる。

「斬るまでもないさ」

山鳥毛がぐっ、と力を込めると、不可視の壁は弾けて割れた。
笠木が僅かに息を呑んだ。
まあ、教える用の簡易結界だろうけど、果たして効果はいかほどか。
教えられた通りに、体の中の霊力とか言う何かを意識する。
笠木が先ほど結界を張った時、確かに体の中を巡る何かを感じた。
流れる血以外の何かを知覚し、そしてそれで4点の札を結ぶ。
ぶぅん、と羽虫が飛ぶような音がして、目の前に鈍く光る結界が現れる。
案外簡単にできるものだ。

「あつっ!」

ぱっと笠木が私の手を放して、自身の手を庇うように私から離れた。

「え?」
「あっ、いや、す、すみません、青葉さんの霊力量は聞いていたのですが……」
「先ほど、彼女が結界を張る際に小鳥にも力の流れが及んだように、小鳥からも彼女へ力が流れたのだろう」

私が理解していない顔をしていたのを感じたのか、補足するように囁いた山鳥毛の言葉に、なるほどと頷きつつ、私の『人から奪って得た』力の強さを改めて認識する。
指導員になる程度には強いだろう笠木の霊力は、私には僅かな波紋となって伝わったが、熱を帯びるほどではなかった。

「結界を張るには勿体無いほどの霊力です……山鳥毛さま、こちらの結界であれば斬れないのではないでしょうか」
「試してみよう。小鳥、少し下がっていなさい」
「ん」

山鳥毛は手元に刀を顕現させ、肩に羽織っていた上着をソファに置く。
そして息を整え、上段から振りかぶる。
しかし振り抜けず、太刀は結界と火花をあげて鍔迫り合いのような形になった。
数秒、山鳥毛は力を込めていたようだが、諦めて刀を宙空に溶かして振り向いた。

「これは無理だな。やるじゃないか、小鳥」
「まーね」

苦戦なくできてしまったため、あまり達成感はないが、褒められるのは嫌じゃない。
笠木は結界に触れて眉根を寄せた。

「本当に、初めてですか?」
「初めて。筋がいい?」
「筋がいいどころじゃ……次に進みましょう」

それから、笠木は熱に浮かされたように様々なことを私に教えた。
基礎的な結界術から、応用、護符の使い方、身の守り方、人の呪い方まで。
一通り教わってから、笠木はハッと我に返った様子で悪用しないでくださいね、と冷や汗をかきながら言った。
日は落ち、いつの間にか21時を超えていた。

「笠木ちゃん、教え方上手だね」

笠木は頬を赤らめて視線を外す。

「私……あの、落ちこぼれなんです」

私は笠木の手を握って肩に頭を乗せる。

「えー?そうは見えないけど」
「力のある者は、審神者になりますから……」

笠木は、へら、と眉を下げて笑う。
自嘲するような笑い方に、私は笠木の手を撫でた。

「霊力が少ないから?」
「そう、なんですかね。分からないんです。どうしても顕現が出来なくて……」
「ふーん、でも、私は笠木ちゃんに教われたから、ラッキーだったな」
「ふふ、私じゃなくても、青葉さんならきっと上手く出来てましたよ」
「私、人間の好き嫌い激しいの。だから、笠木ちゃんでよかった」

耳元で囁けば、笠木は茹蛸のように顔を真っ赤にして俯く。
指先を絡め、耳に軽くキスをする。

「笠木ちゃんに教わってる時間、すごく好き。もっと、教えて?」
「っ、ぁ、あ、は、い……」

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