▽ 22話


「そういえば山姥切は?見てないけど」

前後不覚でヘロヘロになっている長谷部を部屋に残し、部屋の前で護衛についている鯰尾に声をかけた。
昨日の食事時にも一度も顔を見せていなかった。
私は私で色々と考え事があったから気にならなかったけれど、一晩明けて気になってきた。

「あんなことがありましたから。写しの姿なんて見たくないだろって言ってましたよ」
「なにそれ?ウツシって?」
「山姥切長義さんが打たれてから200年くらい後世の堀川国広っていう人間が、山姥切長義さんをお手本にして刀を作ったんですよ。それが写しってことです」
「お手本……絵画のオマージュみたいな?」
「どうですかね?俺はあんまり絵画は詳しくないですけど、たぶんそんな感じですね」
「ふーん。で、どこにいんの?」
「今は道場だと思います」

鯰尾を連れて道場に行けば、見慣れた金髪が骨喰と木刀で打ち合っていた。
道場も来たことなかったな。
というか、私の行動範囲はリビングか大浴場か自分の部屋くらいなのでこの本丸内ですら一周したことがない。
広い体育館のような内装を見ていれば、二人とも私の存在に気づいたのか打ち合いをやめてタオルを取った。

「山姥切、面貸して」
「ヤンキーすぎですって」

驚いた様子の山姥切を鯰尾が私の方へと押し、入れ替わりに山姥切が使っていたものより短い木刀を持った。
交代するらしい。
山姥切は布を深く被りながら、私の元へと来る。

「山姥切長義の写しの顔など見たくないだろう……用件はなんだ」
「本丸一周するから道案内して」
「は?」
「あんたと政府の山姥切金髪とだって見分けつくよ。自意識過剰にも程がある」

山姥切はムッとした様子でタオルを首にかけた。

「あんたは、そういう奴だったな」
「私、ハマスホイとか好きだし」
「なんだそれ?」
「画家」

山姥切は目を瞬く。
どういう驚き?
失礼を察して煙を吹きかけた。
眉間と鼻に皺を寄せた山姥切は私の手から煙草を取り上げると、携帯灰皿に捨ててポケットからチョコの包み紙を出した。
は?こいつチョコ持ち歩いてんの?
真新しいそれを私の口に押し込んで、山姥切は携帯灰皿をチョコが出てきたポケットと逆のポケットにしまい込む。

「いや、悪かった。美術品には興味がないのかと思っていただけだ」
「興味ないよ、別に。元カレが好きだっただけ。あれは?」
「畑用の農具を入れてる倉庫だ」
「ふーん。馬は?」
「あっちだ」

山姥切は廊下を進み、玄関よりも簡素だがちゃんとした靴箱のある裏口向かった。
ここも初めて来た。
山姥切は靴を履くが、私の靴はここにはない。
少し考えて、山姥切が抱き上げようとしたのを断って地面に足を下す。

「おい、石で足を切るぞ」
「だいじょー……ぶ」

足元に結界を張り、安定性を確かめる。
うん、問題なさそう。
山姥切はぐっと顔をしかめて私の足元を覗き込んだ。

「器用だな」
「褒める顔じゃないけど」
「人間業じゃない」
「そりゃどーも」

結界を広げて道にすれば、ドラえもんよろしく3センチ浮いて歩くことが可能になった。
山姥切についていき、動物の匂いがする建物に近づく。
くさいな。
牧場みたいな匂い。

「王庭だ。撫でてみるか?」
「うーん……触りたくない。撫でて」
「何だお前」

山姥切は肩をすくめて馬の顔を撫でた。
意外とでかくて可愛くないな。
じっと見ていれば、馬もじっと私を見てきた。
うわ。
山姥切の後ろに隠れて、馬の黒い瞳から逃れる。
干し草をわしっとつかんだ山姥切は餌でもあげてみろと私に差し出すが首を振って断った。

「乗ってみるか?」
「うーん……」
「馬は嫌いなのか?」
「いや……なんかでかくて怖い。めっちゃ見てくるし」
「あんたにも怖いものがあるんだな」
「あるでしょ」

山姥切は馬に装備をかけて、馬小屋から出す。
出てくるとさらにでかい。
私が見上げていると、山姥切は馬に飛び乗って手を差し出した。
いや、乗るなんて一言も言ってないけど。
私は足元の結界を階段のように作り直して山姥切の手を取った。
山姥切の前に座らされ、後ろから支えられる。
ちょっと怖い。
地面から足を離し、自分より大きくて力のある生き物の気まぐれに安定性をゆだねるだなんて正気の沙汰じゃない。
私の腹に回る手を握りしめて、片手で手綱を取る山姥切にもし暴れたらどうするんだと理不尽に心の中で罵った。

「う、揺れる、ねえ無理」
「っ……はは」
「なに笑ってんだよ」

一度こらえたというのに、こらえきれず笑う山姥切の腕をさらに強く掴んだ。
振り返って睨みたいが、体勢を変えるのは怖すぎる。
馬は背中で静かな攻防があることなどお構いなしで本丸の壁沿いをゆっくりと歩く。

「あそこが鍛冶場だ。いつもあそこで鍛刀している」
「下ろしてほしいんですけど」
「あんたも馬に乗れたほうがいい」
「主」

声にそちらを見れば、長谷部が廊下から手を振っていた。

「こっちきて」

先ほどの私と同様に結界を長谷部の足元から馬の横まで張る。
長谷部は驚いた様子ながら、すぐに廊下から結界の上を歩いてすぐそばまで来た。

「山姥切にいじめられてる。下ろして」
「はい、主。全くお労しい」

にっこにこの長谷部によって馬の上から抱き下ろされた。
長谷部の腕の中ではあるが、ようやく安定性のある地面に降りてほっと息を吐いた。

「山姥切碌な奴いないじゃん」

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