▽ 23話


大所帯になってきた。
リビングに収まらず、食事は昨日から広間を使っている。
私がテーブルがいいと言ったからか、畳の大広間ではなくフローリングの方の広間にテーブルが並べられているが、これ、もっと刀増えたらどうなるんだろう。

「そろそろ本丸の拡張を進言いたします」

呼んでもいないのに狐が現れた。
煙草を吸おうと取り出したが、山姥切に取り上げられて代わりに箸を握らされる。
何だよ、と睨むと目の前におつまみが出された。
居酒屋のお通し?
こんにゃくをつつきながら息をつく。

「勝手にやっていいよ」
「間取りの参考をいくつかご用意いたしますので、その中からお選びいただければ政府側で本丸干渉をさせていただきます」

本丸干渉。
私が苦い顔をしたからか狐が私の顔を窺うように仰ぎ見た。

「それって、あの嫌な感じする?」
「再現時は割り破って侵入いたしましたが、正式なアクセスですので、そのようなことはないかと思われます」
「そ。なら後で間取り部屋に置いといて」
「承知いたしました」

狐がどろんと音を立てて消える。

「食べ物で遊ばないんだよ」

燭台切にこんにゃくの入った小鉢を取り上げられ、そこから一つとって私の口に押し込まれた。
おいしい。
本丸襲撃から早1週間。
刀剣男士の数も増えたので出陣しろとせっつかれたらしく、山姥切が慌ただしく出陣を取り仕切っていた。
今日は山鳥毛、髭切、同田貫、にっかり、前田、厚の六人が出陣し、そして帰ってきた。
私のところへ顔を出す前に手入れ部屋にいったので怪我の具合は知らないが、すでに広間にいるところを見るにそこまでの怪我はなかったようだ。
山鳥毛の報告では、にっかりが一番傷を負ったと聞いたが、影も形もない。

「怪我は?」
「おやおや、心配性だねぇ?見ての通りちゃんと直ったよ」
「あっそ」

私は端末をいじりながらこんにゃくをつつく。
ぷるりとした曲線が形を変えないまま私の動かす箸先にもてあそばれる。
テーブルにサラダの大皿を持ってきた燭台切が見とがめて今度は私から箸を取り上げた。
どこから持ってきたのか梱包材のプチプチを私に握らせると箸を箸置きに戻す。

「こら。すぐ用意できるからそれで遊んで待ってて」

私のこと子供だと思ってる?
プチプチをつぶしながら待っていれば、目の前に食事が用意されていく。
他の人たちはトレーの上にのせて自分でテーブルまで持って来ているのに。
真っ先に私の隣に座った長谷部は、私のためにお茶を持ってきたりサラダを取り分けたりと甲斐甲斐しく世話を焼いた。
子供か?
私は化粧っ気のない爪を見ながら全員が揃うのを待つ。
あ、逆剥け。
今まで気付かなかったけど、中指に逆剥けができている。
一度目につくと気になるもので、ぐりぐりと動かして、簡単には取れなさそうだと眉間に皺を寄せる。
こういうのは放っておくのが一番いいのだけれど……。
私は逆剥けを摘んでぶち、と引きちぎった。
痛。

「ああ、主、いけません」

長谷部が私の手を取って逆剥けの様子を見る。

「主、血が……」

長谷部の声が聞こえたのか、キッチンにいた燭台切が血相を変えて走ってきた。

「主!」

エプロンで乱暴に自分の手を拭き、私の手を恐る恐る取る。
ぷくりと滲んだたった一滴の赤い血に、燭台切はわなわなと震えて「どうしてこんなことを」と呟いた。

「ただの逆剥け。大したことじゃない」
「大したことだよ!君は人間なんだ!」

面倒くさいな。
襲撃以来、燭台切は私の怪我に敏感になってしまったらしい。
大倶利伽羅も遅れて私の側に走ってきた。
お前もかよ、ブルータス。
生理とか来たら死ぬんじゃないの。
大倶利伽羅が棚から救急箱を取り出した。
そんなところに救急箱あったんだ。
のんびり見ていると、燭台切がいそいそと消毒を済ませて絆創膏を張った。
そこでようやくほっと息を吐き出す。

「気にしすぎ」
「そんなことない。人間はすぐ死んでしまう」

絆創膏に滲んだ赤い血を、燭台切は悲しそうな顔でなぞる。
面倒くさいな。
私は深くため息をついて燭台切を押しのけた。

「死なねーよ」

絆創膏をはがして、指をぐっと強く握る。
大倶利伽羅に手を取り上げられたが、逆剥けのあったところにはすでに何もない。
出来るか分からなかったけれど、案外ぶっつけ本番で行けるようだ。
爪の縦線すら綺麗になくなっている。
その瞬間、部屋がざわついた。

「え?」
「主、霊力が……!」
「体調に変化は!?」

燭台切と大倶利伽羅に詰められ、のけぞる。
二人だけじゃない。
長谷部も、その場にいた人たちが皆同じように駆け寄ってくる。

「こんのすけ!」

山姥切の声に狐が再び現れ、私を見て目を見開く。
あ、なんかやばいやつだ。

「著しい霊力の低下を確認。状態の変化を記録します。主さま、体液の摂取をさせてください」

狐が私の口にシートのようなものを押し当てる。
不快だったが、さすがの私も緊急性を察して大人しくシートを舐めた。
途端にそれが消え、ホログラムのような表示が現れた。
また二枚目のシートを噛まされ、それも同じように表示が出る。
私には理解できないが、数値が下がっていることだけは分かった。

「緊急事態です。どなたか神気を」
「山鳥毛さん!」
「ああ。小鳥、辛抱するんだ」

いうが早いか、山鳥毛は私に口づけてきた。
焦りか不安か、妙に冷えていたからだが湯につかるように少しだけ温まる。
狐が再びシートを渡してきたので、それを舐めれば、表示された数値の降下幅が縮まっていることが視認できた。
ただ、下がり続けてはいる。
これ、もしかして死ぬのか?
逆剝け治したくらいで?

「僕の神気もあげる」

シートでの数値の確認で山鳥毛の口が離れたタイミングで、髭切が代わりのようにキスをしてきた。
まだ数値の降下は止まらない。
獅子王が私の右手を取って、逆剥けのあった指を握りしめた。

「ここだ、傷の修復が過剰になってる。主、意識して止めるんだ」

そんなこと、言われたって。
流動する霊力の流れを一度止めるように意識したが、息が詰まるような感覚がしてすぐに解放する。

「少し収まった。もう一度」
「これ、やだ……」
「頼む、もう一回やるんだ」

獅子王に言われ、髭切から温かい神気を受け取りながら霊力を止める。
息を止めるような苦しさで、流動の停止は長続きしない。
シートを噛まされ、数値が表示される。

「安定しました!引き続き神気をお願いいたします。すぐに政府の医療班が参ります」

割れるような感覚はなかったが、本丸に誰かが来たのは感じた。
これが、正式なアクセスか。
口づけられているせいか、どこか冷静なままリビングの入口を見る。
あそこから知らない人間が来るのは少し苦手だ。
山鳥毛に抱きあげられ、いつの間にか前田と秋田によってリビングの床に敷かれた布団に下ろされる。

「失礼いたします、医療班です」

人間だ。
前に頬の手当てをしてくれた薬研という刀剣男士が来ると思ったが、そうではないらしい。
まあ、人間のことは人間のほうがよくわかるだろう。

「霊力の低下を確認。神気による一時補助を試行。現在は低下後の数値でやや安定。霊力の補助剤、および霊力の急低下による生命維持力低下対策として栄養剤の投与を推奨します」
「了解。刀剣男士の皆様は一度離れてください。審神者様、少しちくっとしますよー」

山鳥毛が離れると、少し体が冷えた気がした。
医療班の男が私の腕を取って注射を刺した。
あー、嫌なこと思い出した。

「ご気分は?」
「悪いけど最悪じゃない」

男は微笑んで、なら大丈夫そうですね、と頷く。
横になったからか、あまり嫌な感じのなくなった私よりずっと辛そうな刀剣たちを見て笑いそうになったが、さすがに自重した。

「お名前は言えますか?」
「政府につけられた名前なら青葉だけど」
「受け答えはしっかりしていますね。大丈夫ですよ、これ以上悪くはなりません」

男は私の嫌味にも微笑んで刀剣たちを安心させるように言葉を紡ぐ。
いいお医者さん。
点滴の針が刺さっている左手はそのままに、ごろりと仰向けから医者の方に体を向ける。

「あ、動かないでください」
「先生、名前は?」
「飯島です。霊力測定用の器具をつけますから動かないでくださいね」

点滴の針の部分に器具を付けて、テープで固定する。
大掛かりな。

「あんま体調悪い感じしないけど」
「正式見解ではなく僕の所見ですが、審神者さまの霊力量は元より他の人間より多いですから、これくらいの霊力の低下では生命維持には影響しないと思われます。ただ、これほど劇的な乱降下ですから体が多少影響を受けて不調をきたす可能性はあります。なのでしばらくは霊力投与をして安静に」

私と周りの刀剣たちに言った飯島は、器具を心電図のようなモニターに繋いでカルテを書いていく。
モニターに表示された数値は低い位置で上下しているが、先ほどのように下がり続けることはない。
安定したのだろう。

「原因に心当たりは?」
「逆剝け治した」
「人間の、体を?」

飯島は驚いているのかドン引きしているのか分からない声音で呟いた。
まあ、声音から見てどちらもだろう。

「ああ、そうでした、審神者の学校の出ではなかったですね……いいですか、人間の体はモノではないんです。治そうとはしないでください」
「逆剥けも?実際治ったけど」
「そもそも、人間の体の治癒なんてできる人間はそう多くないので前例は少ないですが……人間の体には完成形というものがないんです。だから、傷を治そうとした霊力は、傷をふさいでなお終わり方がわからず暴走してしまうことがあるようです。刀剣男士のような完成形がしっかりとあるモノとは違いますからね」

逆剥けのあった指がつやつやなのはそういうことか。
いわれて認識した、指を治し続けようとする霊力の流れを、少しずつ体の周囲の流動にずらしていく。
少しずつ髪をとかすようなイメージで指に集中していた霊力を他の流れに合わせて切り替えれば、すべての流れが元通りになる。

「なに、を……」
「これでいい?」
「いい、というか……はあ、いえ、結構です。このことはカルテには書かないでおきます。こんのすけ」
「審神者についての記録はすべて報告されます」
「はあ……だそうです。2205年では患者のプライベートは剥奪されるようですね」

と、いうことは2205年近辺の生まれではないらしい。
興味のわいた私は飯島の手に頬を寄せる。

「今日泊まってく?」
「患者とどうこうなるつもりはありませんよ」
「そう?」
「医者失格ですから」
「じゃあ私を診た医者はみんな失格だったよ」

飯島は目を瞬いて、そして伏せた。
その反応は見たことがある。
私は飯島の手を握って微笑んだ。

「恐ろしい人ですね」

本心からの言葉だ。
手がわずかに震えている。
その反応は、見たことない。
少なくとも医者からは。
珍しい反応に、少し戸惑って私は飯島の手を離す。

「私が?」
「痛みを感じない人は、恐ろしい人です」
「……ああ、まあ、それは……そうか」

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