▽ 24話
たかが逆剥けで妙な騒動を引き起こしてしまった私のもとに、再び笠木が派遣された。
笠木は苦笑しながら、審神者の学校とやらで学ぶ霊力についてを一から説明し始めた。
今回は緊急性がないということで、通いだ。
「乱、笠木ちゃんの真名分かった?」
「無茶言わないでよ、主さん。怪しまれたら終わりなんだからね!」
「んー」
「笠木ちゃんの真名で何するつもり?」
「政府から、私の真名を取り返す」
「そっか、なら頑張らないとね!」
乱は私の真名を取り返して何をするつもりなのかは聞かなかった。
興味がないのか、取り返すのが当然だと思っているのか、聞かないほうがいいと察しているのか。
どちらにせよ都合がいい。
「体調は大丈夫?」
「だいじょーぶ。つか別に元から悪くない。私の霊力戻った?」
「まだちょっと少ないかなぁ。僕のこと顕現させてくれた時よりはね」
乱のウインクを受け流して状態のよすぎる人差し指を見る。
霊力の流れに淀みはない。
やるつもりはないけど、次に傷を治したとしても霊力をここまで低下させることはないだろう。
私は煙草をくわえて、天井に煙を吐く。
今日はお偉いさんとの面談らしい。
何だ面談って。
担当職員じゃダメなのかよ。
何かと騒動を起こしているからかもしれないが、昨日、高原から面談の打診があり、断ろうとしたがお偉いさんだから頼むと泣きつかれて今に至る。
乱が見繕ってくれた服を纏い、応接室に向かう。
応接室の前で待っていた長谷部と厚に護衛が代わり、乱はひらひらと手を振って去っていった。
この本丸内での護衛制度は、すでに結界術を学んだ私はさほどいらないのではないかと思っているが、彼らの意向で引き続き行っている。
長谷部が開いた戸から応接室に入ると、杖を持った老人と、また見たことのない刀剣男士がいた。
青い和装の男士に手を貸されて、老人は立ち上がる。
お偉いさんなんて言うから、もっといかつい人が来ると思ったけど、柔和に微笑む老人をみて煙草を灰皿に押し付けた。
「時間を取っていただきありがとうございます、審神者さま」
「どーも」
私が正面のソファに座ったのを見て、老人も腰を下ろす。
ふーん。
そういうスタンスね。
私が所作を見たのを感じ取ったのか、老人も笑みを深める。
「お会いできてよかった。やはり報告だけでは分かりませんね」
「そう?」
「ええ、傲岸不遜なようでありながら、貴方は非常に観察家だ。頭が切れる。昨日のドクターからの報告がなければ私もここには来ていませんでした」
あの医者。
患者のプライベートがどうとか言っておきながら、しっかり報告上げてるじゃないか。
面倒くさいな。
細められた老人の目は、私を見透かすようで気持ち悪い。
「煙草吸ってもいい?」
「ええ、もちろん」
煙草を口にくわえれば、私がライターを取り出す前に長谷部が火をつけた。
気が利く。
いつの間にライターを携帯するようになったんだ。
煙をかまわず正面に吐き、私と老人の間に煙が漂う。
「僕は管理官と呼ばれています。こちらは護衛の三日月宗近です」
「よろしく頼む」
「用件は?」
「政府による度重なる不手際の謝罪に参りました」
腹芸か?
私はすぐそばにいた厚の刀を抜いて切っ先を老人に向ける。
三日月宗近は威嚇するように鯉口を切ったが、抜きはしなかった。
短刀である厚の刀身なら手を伸ばしても老人に届きはしないし、そもそも竹刀すら触ったことのない私の振るう刀など一瞬あれば弾けるだろうから抜こうが抜くまいが同じことなのだろう。
老人はさっと手を挙げて三日月に納刀させる。
「んー、首くれるって話?」
「僕の首など、審神者さまに差し上げる価値はございませんよ。本当にお望みであれば、吝かではありませんがね」
私はため息をついて刀を厚に返した。
食えない爺さんだな。
この人の前であれこれ怪しい姿を見せるのはやめたほうがよさそうだ。
乱も出さないほうがいいだろうし、笠木に習った術のあれこれも見せないほうがいいだろう。
「僕は、ある程度審神者さまにも自由があるべきと考えています」
「あ?」
私の地雷を踏んだ音がして、長谷部は納刀したばかりの刀を抜いた。
厚は抜かなかったが、代わりというように私たちの間にあるローテーブルに乗り上げ間合いを詰める。
自由?笑わせてくれる。
こいつ本当に殺してやろうか。
老人はからからと笑って両手を上げて見せる。
「本丸は、審神者さま個々人の霊力によって形成されます。ですので、ある程度その本丸による特色が出ても良いと思っているのです。たとえば、前面フローリングにする、プールを作る、当番を刀帳の番号順に回すなど……本丸内の内政についてはご自由にと」
謀反以外は、ですがね、と付け加えて老人は微笑む。
なる、ほど……。
これは、かなりの譲歩だ。
先に述べた謝罪とはこのことだろう。
どこまで察しているかは知らないが、少なくとも高原とセックスしてるだとか笠原から過剰に知識を抜いているだとか、そういう部屋の中の象については触れないということだ。
管理官が象に触れないということは、その直下の誰も触れない。
事実上の黙認。
「分かんないなぁ。つまり、どういうこと?」
「悪いお人だ。言質を取ろうと?」
「まさか。私を攫って人権まで奪ったお偉いさんにそんなこと言えないよ」
「……当本丸内で起こることに関して、僕は管理官として一切の口出しをしません」
へえ、本当に言うんだ。
私が契約の術を展開していることに気づきながら、それでも口にした。
この老人は、本気らしい。
「これで、謝罪とさせてください」
「……いいけど。なぜ?」
「なぜ、とおっしゃられますと?」
「私はあんたらの奴隷で、刀剣たちは戦いを望んでる。実際、今私がやってることって権限とハンコを押すだけ。ただの霊力タンクなんだから、ほっといてもあんたらの思惑通りになるでしょ。なのになぜ私のご機嫌を取ろうとするの」
老人は私を見て悲しそうに眉尻を下げる。
抜身の刀を握る長谷部の横を通り、やや不自由な足を引きずりながら、ソファに座る私の足元に膝をつく。
「私共は、審神者さまのことを奴隷だなどとは思っておりません」
老人の節くれ立ったしわだらけの指が、私の手を取る。
人間のぬくもりが、いや、霊力が私の手を包み込む。
笠木の授業の中で知ったのは、人によって霊力の質が違うということ。
笠木のなけなしの霊力ですら、私の持つ霊力との違いははっきりと分かった。
この老人の霊力は、陽だまりのように温かく、そして、澄んでいる。
霊力が人を表すという笠木のの言葉に頷けるほど私は多くの霊力を見ていないが、その理論でいうなら、この老人は清廉潔白な人間だ。
腹芸はすれども、人を陥れるようなことは、しない。
まあ、占いのような笠木の言葉を信じるのであれば、だが。
「人権を無視した徴兵については、政府に代わり謝罪いたします。ですが、あくまでも我々は審神者さまと協定関係でありたいと願っています。我々に叶えられるのであれば、何でもいたします。本丸での自由をお約束し……」
老人は跪いたまま微笑み、ローテーブルの上の煙草のパッケージを見る。
「廃盤になった煙草もご用意いたします」
「うっざ」
老人は笑顔を崩さないどころか、私の言葉に笑みを深めた。
嫌な感じ。
「少なくとも、僕が管理している相模の審神者の皆様には、そうありたいと思っています」
じゃあ真名を返せよ。
と言いかけたが、寸でのところで飲み込んだ。
この爺さん相手に本心を晒すのは悪手だ。
特に、私が今一番望んでいることは。
老人の手を払って、灰皿に灰を落とし、煙を深く吸い込む。
「用件はそれだけ?」
「はい、本日は謝罪に参りましたので。では、これで失礼いたします」
老人は三日月の手を借りて立ち上がると、また一度礼をして杖を付きながら去っていく。
「厚、あの爺さんどう思う?」
「嫌いじゃねぇけど、食えない爺さんだなとも思うぜ。少なくとも、大将を奴隷だと思ってないのは本心だ」
「どうかな」
部屋に張り巡らせていた契約書を右手に戻し、書き込まれた内容を見る。
悪くない。
「主、それは?」
「言質。応接室って大抵よその人間が来るから、こういうの仕掛けとけば役に立つかなと思ってやっといた」
「流石でございますね」
あんま手札は見せない方がいいけど、これに関してはメリットのほうが大きい。
いずれ、必要になるだろうから。
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