▽ 25話


「食えない御仁だったな」
「そうかな」
「本心から言葉を吐いたのは二、三度だけだった。お主も気づいていただろう」
「さあ、どうだろうね」
「俺相手にはぐらかす必要はあるまい」
「いや、本当にどうだろうと思っているんだよ。あの子、君にはどう見えたかな」
「蛇のようだった。狡猾で、俊敏で、周囲のもの全てを警戒している。少しでも突けば噛みつかれていただろう。油断ならない相手だな」
「いや、僕があの子の一番嫌がることを言っても、僕を殺そうとはしなかった」
「それもそうだ。打算的で、計算高い。利益と不利益を天秤にかけ、即座に判断した」
「ふふ、違う、そうじゃなくて。あの子は優しいねっていう話だよ」

三日月宗近は変な顔をした。
天下五剣のこんな顔を見られるなんて、長生きはするものだ。
それはないだろう、という顔をしている三日月宗近に僕はくすくすと笑いを漏らす。

「あの子が魅力的なのは、距離の詰めかたが丁寧だからだよ」
「俺には魅力的には見えなかったがな」
「僕たちはあの子の仲良くなりたいリストには入れなかったからね」

三日月宗近は肩をすくめる。
僕の上げた言葉があの子に似つかわしくないと思っているのだろう。

「人も刀も、急に距離を詰めてくる相手には警戒するだろう?」
「うむ、それはそうだ」
「でも、距離感は人によって違うんだ。例えば三日月の間合いと今剣の間合いは違うだろう?その間合いの端っこに立って、あの子はしゃがんで手を伸ばす。すると、どんな人間も刀も、あの子が気になって近づく。自分からあの子の手を取り、そして、あの子の脆さに惹かれてしまう」
「脆いようには見なかったが」
「脆いさ。あんなに怯えた人間を見たのは、戦場以来だ」

三日月宗近は納得いかない様子で首を傾げる。
人間にも読み取れないのだ、刀に察せというほうが難しいだろう。

「きっとたくさん傷つけられてきたんだ。そして僕たちは、そんなあの子を踏みつけて、首輪をかけてしまった。罪深いよ」
「正直、俺は山姥切長義の報告に、いまでは同じ気持ちを抱いている。あれは化け物だ」

なんて悲しいことを言うのだろう。
僕は長官室の椅子に座り、ため息をつく。
触れてわかったが、あの子の霊力は、酷く柔らかく、そしてどろりとした湿度を持っている。
人によってはそれを、母の子宮のようで安心すると言うだろうし、臓物の中に手を突っ込んだようで気持ち悪いと思うだろう。
僕は、はらわたのようだと思ったが、それと同時に、彼女の心に触れたようで悲しかった。
あの子のデータは見たが、酷いものだった。
事実のみが記されたデータは、あの子の受けた傷を表してはいない。
あの子のことを人の想いを食って霊力を育てた化け物だというのなら、彼女の体をむさぼった男たちは一体何だというのだ。
刀剣男士は肉体より、心を重視する。
心で励起された故か、打ち直される彼ら刀という物の性か。

「君らには、分からないだろうさ。あの子はまだ、21歳の女の子なんだ」
「幼いからと油断するのは感心できないぞ」
「違うよ、”女の子”なんだ」

三日月宗近は黙り込んだ。
少し、意地悪な言い方をしてしまった。

「録画は見ただろう?あの子が言う通りだよ。痛みは、共有できない。刺されたことのない僕が、君たちの痛みを知ることができないように、君も、あの子の心の痛みを知ることはできないんだ。だから、そんな言い方はしないであげてほしい」
「……刀剣男士は、主の霊力によって励起される際に、霊力によって作られた疑似的な魂が分け与えられる。だから、各本丸によって刀剣男士の個性が出ると、以前言ったな」

三日月宗近は眉間にしわを寄せてモニターを見た。
あの子との接触から、あらゆる数値が著しく低下した山姥切長義のデータが表示されている。
一時的な再顕現でどれほどの影響があるのだろうか。
何度か政府職員によって再顕現が行われているが、状況は改善していない。

「あやつは、あれの心を知ってしまったのか」
「どうだろうね。まだ分からないことは多いから。君だって主の心を知っているわけじゃないだろう」

三日月宗近は頷いて口を開きかけ、はっと息をのんで刀を抜く。
なんだろう。
今更斬られる心配など露ほどもないが、長官室での抜刀は基本的には禁じられている。
三日月宗近とて知らないわけではあるまい。
理由を問うように見上げれば、三日月宗近は大上段に刀を振り上げ、そして僕に向かって振り下ろした。
流石に思わずぐっと目をつぶって身構えたが、痛みはない。
刀の切っ先は床を向いていて、宙には白い人型の紙が斬られて浮いていた。

「こ、れは……」
「つけられたな。すまん、俺としたことが、今の今まで気づかなんだ」

内線を取り、僅かに霊力を帯びた紙をすぐに鑑識へ回す。
どこまで情報を抜かれた?
長官室へは政府職員の専用路から来たから、本丸からここまでの経路以外はおそらく漏れていないはず。
三日月宗近もここまで察知できなかった以上、これ一枚限りだろう。
今までの会話で知られるべきではないことは何か口走ったか?
いや、大した話はしていない。
ただの雑談だけだ。

「はは、やられた……」
「言っただろう、蛇のような女だと」
「……否定、したいなぁ。管、全職員に通達、本丸出入りの際は霊力の増減値を確認するように。特に、各本丸からの退去時、霊力監査は最重要事項とする」

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