▽ 3話


キスだけで寝た?
私が?
少し混濁した頭のまま、隣で眠る青年の腕から抜け出して、昨日放り出されて放置されていた煙草とライターを拾い上げる。
セックスしなくても寝れるのか。
煙草に火をつけて煙をくゆらせれば、青年がパッと布団から飛び起きた。

「はよ」
「あんた、また……」
「名前は?」
「……山姥切国広」

ため息のように名乗った山姥切はまた私の手から煙草を取り上げようとした。
私は手を離して近づいた山姥切にキスをする。

「いまは煙草の気分だから取らないで」
「体に良くないだろ」
「はは、そんな傲慢に生きてないよ。死ぬときは死ぬ」

健康を気にするやつは煙草なんて吸わないし、酒なんて飲まない。
セックス依存症にもならないし、意味もなくゲロったりもしない。
山姥切は私の手から煙草を奪い取ると、昨日より乱暴に口づけてきた。
まだ数口も吸っていない煙草が灰皿に押し付けられるのを視線で追っていれば、山姥切に押し倒された。

「する?」
「……するわけないだろ」
「あっそ」

山姥切の下から這い出て、部屋を出る。
お腹空いたな。
ふと、廊下に狐がいることに気づいた。

「おはようございます、主さま。食事をしましょう」
「何お前、人間チュートリアル?」
「主さまには必要そうでございますね」
「はあ?畜生の分際でしゃべるなよ」

すたすたと案内するように進む狐の後を追えば、さらに私の後ろを山姥切がついてくる。
私より10センチくらい高いが、これくらいだとそう変わらないように見える。

「何センチ?」
「は?ああ、2尺3寸くらいか」
「現代語訳しろよ」
「70センチ強です。山姥切国広さまの刀身の長さでございますね」
「はー、うざ。なにそれ刀ジョーク?たっぱ聞いてんだけど」
「172センチほどですよ」

狐が振り返らないまま言うと、その先にあった扉が開いた。
現代キッチンと、奥には昔ながらの土間と炊事場がある。
何で二個も用意するんだよ。
まあ、どっちも使わないけど。
端に置いてあった電気ケトルに水を入れて湯を沸かす。

「カップ麵は?」
「……発注いたします」
「いつ届く?」
「すぐに」

狐が振り向くと、直後にキッチンの隅に段ボールが現れる。
なるほど。
カップ麺が入った段ボールを開けて、見たことも聞いたこともないいくつかのカップ麺から適当に一つ選ぶ。

「山姥切は?」
「俺はいい」
「そ」

ビニールの包装を破いて、お湯が沸くのを待つ。
あ、眼鏡忘れた。
元カレに貰った眼鏡だが、物に罪はないので使っている。
生活に支障は出ない程度の視力のため、時々こうして眼鏡を置き忘れてしまうが、一度無いと意識してしまうと少し気になる。
お湯が沸くのを待つ間に取りに行こうかと立ち上がりかけたとき、狐が口を開いた。

「本日から出陣と鍛刀を行っていただきます」

狐が話し始めると、目の前にホログラムのようなものが現れて審神者の業務についてポップに描かれた動画が流れる。
徴兵された人間に、随分と愉快なことだ。
動画の途中でお湯が沸いたので、カップ麺にお湯を入れて3分待つ。
話は半分くらいだ。
要するに、刀剣男士を作って出陣させればいい。

「山姥切、あんたに委任するわ」
「真剣に考えろ」
「私の手が必要なのは刀剣男士を作るとこだけでしょ。本当に必要になったら呼んで」
「査定に響きますよ」
「じゃあクビにしてよ」

狐は人間のようにため息をついて、山姥切を連れて外に出て行った。
審神者なんてなりたくなかった。
しかし、徴兵を拒否できるほど、社会に私の居場所はなかったのも事実だ。
本来であれば会社や家族によって守られるはずの多少の人権すら私にはなかった。
なんて、悲劇のヒロインぶってみたり。
品行方正なヒロインならともかく、私のこの状況は自業自得だろう。
カップ麺をすすりながら、圏外を示すスマホをいじり時間をつぶす。
今後もこういう時間ができるなら暇つぶしをどうにかしなければならない。
スープを飲み切り一息ついてしばらくスマホをいじっていれば、今度は黒い狐が現れた。

「審神者さま、失礼いたします。この本丸の政府担当者が決まりましたのでご挨拶に参りました。入室許可をお願いします」
「いいよ」
「失礼します。青葉さん、担当の高原です」

スーツの男がキッチンに入ってきた。
キッチン隅の椅子に座ったまま、私は高原を見上げる。
身長高め、ガタイでかめ、指輪なし。
へえ。

「青葉じゃないけど、青葉です」

握手の右手を差し出せば、自然と高原との距離は縮まり、自然と肌が触れ合う。
高原に正面ではなく隣の椅子をすすめれば、私の着ている緩いTシャツに一瞬視線が落ちたのが見えた。

「本丸内の業務についてはこんのすけに言っていただければと思いますが、僕はそれよりさらに、政府側への要望や、本丸外に関しての折衝を担当させていただきます」
「敬語なくてもいい?」
「いいですよ」
「高原さんもなくていいよ」

高原は困ったように笑って、手元の端末に視線をやる。
あー、いけそう。

「えっと、政府提供のアプリがあるんですが、青葉さんの端末に入れるか、こちらの政府端末の貸与か、どちらにしますか?」
「じゃあ、そっち借りようかな」

高原の手ごと端末を握れば、小さく息をのんだ。
私はそれなりに美人なほうだと思う。
可愛いだとか、甘めの綺麗系だとかじゃなくて、男のスイッチを押すタイプの美人系。
褒められた特技ではないけど、私の性格と奇跡的にマッチしたのが、男を誘う才能。
何をしてほしいのか、どうしたらブレーキを壊せるのか、なんとなく分かる。
意図せず男のほうが勝手に落ちることもあるけど。
高原のスイッチはもう入った。
ここまでくるとキスくらいは抵抗なく行ける。
ほら。
控えめなキスを受けて誘うように高原の唇をなめてやれば、少し荒めに後頭部を取られた。

「ん……は、……」

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