▽ 18
父を殺した彼女が憎くないといえば嘘になる。
けれど、全てに絶望し、ただ震えるだけの少女は、きっともう、十分すぎるほどの罰を受けている。
ただ、虹があっただけの少女だ。
ヒドラの記録は調べさせた。
無垢な彼女も、絶望する彼女も、暴行される彼女も、命令される彼女も、見た。
虹さえなければ。
私は彼女を赦すことにした。
そして、洗脳下にあったウィンターソルジャー もとい、バッキー・バーンズも、ワカンダで受け入れた。
関係性から鑑みて二人を合わせることはなかったが、バーンズの洗脳が解けたこと、ラードゥガもといレーナが日に日に衰弱し、今では点滴で命を繋いでいる状況に、私たちは会わせることを決意した。
飲まず食わずで放置していれば、そのうち食べるだろうとたかを括って死なせてしまった際につけた点滴を一度外し、されるがままの彼女の体を清めさせ、妹が服を選んだ。
「仲がいいんでしょう?久しぶりに会うんだからオシャレしなきゃ」
「シュリ、そろそろいいか?バーンズが待ちぼうけだ」
「ああ、ちょっと待って!よし、これでオッケーよ!」
「すまないバーンズ、待たせたな」
「いえ……」
洗脳時よりは幾らか表情豊かになったバーンズは苦笑して、レーナの部屋にシュリと入れ違う形で入った。
二人きりにさせるのは流石に、と私とシュリは端で二人の様子を見守る。
バーンズはやつれた様子のレーナを見て悲しげに眉を寄せた。
「レーナ」
きょろ、とレーナの視線が動いた。
それすらも珍しい。
私とシュリは思わず顔を見合わせた。
こんなに反応があるのなら、もっと早くに出会わせるべきだったか。
「レーナ、食事はとっていないのか?」
「うぃんたー、そるじゃー……」
掠れ声が鼓膜を小さく揺らす。
レーナの手が僅かに持ち上がり、それを補助するようにバーンズが掬い上げる。
自身の頬に彼女の手を当て、何かを呟こうとする彼女のために耳を寄せた。
する、とバーンズは右手で彼女の頬を、いや、首を握り力を込める。
細い首が、止める間もなく嫌な音を立てた。
直後虹がレーナの首を正常な位置に戻す。
殺した!
反応は遅れたが、2度目の死はなるものかとバーンズにつかみかかる。
しかし途端に持ち前の身体能力でバーンズはレーナから飛び退った。
「ぅ、うぅあぁあああ!!や、やめろ!やめてくれ!レーナ!!」
その反応に私はバーンズを取り押さえるのをやめ、間に入った。
洗脳コードを囁かれたな?
「バーンズ、正気か?」
バーンズは崩れ落ち、震える手を見つめ、「レーナを、殺した……」とか細く呟いた。
しまった。
私の落ち度だ。
「バーンズ、すまない……まだ不完全だったようだ。本当にすまない、彼女がコードを囁くとは」
「いや……」
バーンズは何度か深呼吸をして呼吸を整えると、距離を取ったまま彼女を見た。
ない左手が疼くのか、右手で肩の傷口を抑えるように強く握る。
「レーナ、望みなら聞いてやるから、だから……」
「おわらせて」
掠れながらもはっきりとレーナは言った。
生きていることが地獄なのだろう。
彼女の望む通り、もう殺して、楽にしてやりたいが、虹はそれを許さない。
父を殺した仇に、もう何度目かも分からぬ憐れみを向ける。
「レーナ、それ以外の望みはないか?」
私はバーンズに下がるよう促し、代わりに彼女のそばに膝をついた。
もう何も映さない黒曜石の瞳は、ゆっくりと瞼を閉じた。
だめだ、バーンズ以外には反応すらしない。
危険ではあるが、バーンズの洗脳をもう一度解き直して、彼女に接触させる他ない。
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