▽ 21
始まりはいつだって突然だ。
いつもと同じ学校へと向かう道に、虹色のひび割れがあった。
最近ニュースで話題になっていたそれに、私は危機感もなく近づいた。
虹が現れたところは区画封鎖されてしまうのでこんな近くで見たのは初めてだ。
端末で写真を撮り、警察に通報しようと思った時、ひびが空へと昇り、私の視界を真っ二つにした。
やばい、と思う間もなく虹のひび割れは世界全体を覆い尽くし、私の世界は終わった。
そして気づけば私は、この世界にいた。
虹のひび割れを持つ私を珍しく思い拾ったのは、ヒドラだった。
私の体を暴き、虹の研究をする彼らだったが、私の世界を食って私の体に付いて以降、うんともすんとも言わない虹に、成果らしき成果は挙げられていないようだった。
ある日、研究室から独房へと戻る道すがら、鋼の隻腕の男に腕を掴まれた。
男は掴んでから、ハッと息を呑んだ。
「ウィンターソルジャー、何をしている?放せ」
私も、私の手錠に繋がる鎖を持って歩いていた研究職員も、ウィンターソルジャーと呼ばれた彼を連れていた武装職員も、みな彼の行動に狼狽えた。
だれ?
なんなの?
私を見下ろす彼と目が合った。
彼自身、自分の行動に驚きと疑問を持っているのか、目が泳いだ。手を離した彼は、困惑した様子のまま私を抱きしめた。
厚い胸板に顔を押し付けられ、鼻が潰れる。
「っんぐ!?」
なんとか顔を横に向けて、のし掛かるような圧で私を抱きしめて離さない彼の腕の隙間から、私を移送していたはずの職員に助けを求めた。
職員はハッと思い出したかのようにこの私を押し潰さんとする男に声をかけるが、彼を恐れているのか触れてはこない。
何なの?
そんな、怖い人なの?
研究員に代わり、武装隊員が男に銃を向けた。
私に銃口が向いているわけではないが、それでも本物の銃なんて持ったことも見たこともない平和な国で生まれ育った私は腹の底から震え上がった。
その瞬間、男が動いた。
動いたと言っても、私には目で追うこともできず、放された、と知覚した次の瞬間には男が武装隊員を伸していた。
ぎち、と鋼の左腕が音を立てた。
怖い。
男はぼんやりとした目のまま、腰が抜けてその場にへたり込む私を振り返ると、じっと見下ろした。
男に怯え、震える私など目に入ってすらいないのか、男はコンクリートに膝をつき、困惑した様子ながらもまた私を抱きしめた。
肩口に顔を出すことすら許されない、外界から隠すような抱擁に、私は訳が分からずただ早く終わってくれと怯えた。
「ウィンターソルジャー 、命令だ、放せ」
どれほどそうしていたか、駆けつけたスーツの上官らしき男の呪文のようなドイツ語の後に紡がれた命令は、ようやく彼の耳に入ったのか、私を離すまでは行かなくとも、彼の顔を上げさせた。
「ラードゥガが気に入ったのか?」
「ラードゥガ……」
「その女の名前だ」
「分からない」
「そいつが欲しいか?」
自分でもわかっていないのか、しばらくの間を開けたが、男は頷いた。
「……欲しい」
スーツの男は深くため息をついて、くれてやる、と言った。
そんな、私の、意思は?
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