▽ 29


「自白剤?」
「心配しなくとも、人体に害はない」
「非人道的だ」
「君が聞き出せたらよかったがね」
「もう少し時間をくれ」
「いいや」

長官はもう話すつもりもないのか、モニターに向き直った。
監視カメラの映像の向こうでは、バートンが嫌そうにため息をつく。

「始めろ」
『……じゃあ、いいか、レーナ、これから幾つか質問をする。ゆっくり答えるんだ。まず、レーナ、君は幾つだ?』
『じゅう……きゅう』
「19!?」

僕は驚いて思わず声を上げた。
アジア人は幼く見えると聞いていたから、たとえ子供のように見えても、少なくとも20は超えていると思っていたのに。
バートンが組んだ手に額をつける。

『やっぱり、まだガキじゃねぇか……』

彼は察していたのか。

「続けろ」
『はいはい……レーナ、ヒドラに捕まったのはいつ?』
『2年前』
『何故捕まった?人攫いか?』
『虹を、持ってたから。最初は、いい人だと思ったのに……怖くて、寒くて……助けてくれたと、思ったの』
『街で声をかけられた?』

レーナは首を振る。

『気づいたら雪の中にいて、巡回の兵士が、私を見つけた』
『あー……そうか、まあ、あるよな、気づいたら雪の中にいることも。じゃあ次だ。ヒドラでは何をしてた?いや、何をされてた?』
『最初は、解剖されて、たまに、犯されて……』

バートンが彼女に隠れるように小さく舌打ちをした。

『なぜ解剖?君は何か特別なのか?』
『虹が……』

レーナは服の裾を捲り上げて視線を落とした。

『虹があったの。これくらいの、虹色のひび割れが……』
『虹?』
『そう。割れると、みんな死ぬひび割れ』

レーナは笑ったが、泣いているようにも見えて、茶化そうとしたバートンも、ぐっと押し黙る。

『割れたらよかったのに。ウィンターソルジャーも、おかしくならずに、綺麗なまま死んでいけたのに』
『……ウィンターソルジャーとの関係は?』
『……検査室から戻る時、彼が私の腕を掴んだの。私を抱きしめて離さなかった。彼自身、どうしてそうしたのかは分かってないみたいだったけど、たぶん、虹がそうさせた』

レーナは憎むように、僕たちには見えない虹色のひび割れに爪を立てた。
バートンがハッとそれに気づいてすぐに止めさせたが、彼女の柔らかい腹部に、爪痕がついてしまった。
バートンが備え付けの救急キットで傷口を消毒し、手早くガーゼと包帯を巻く。

『長官』
「まだだ。軽傷だろう」
『チッ』

今度こそはっきりと舌打ちをしたバートンは、机をずらすと自身の椅子を彼女の横に置いた。

『ウィンターソルジャーは、記憶があったか?』
『ないと思う。私のことをラードゥガじゃなくて、名前で呼んでくれてたから、彼の名前も呼びたかったのに、知らないって言ってた』
『ラードゥガ?』
『あいつらはそう呼んでた。虹のひび割れが、あったから』
『……その虹は、今はないようだが?』
『……彼が、私から、引き剥がしてくれたの』

ぽろぽろと涙が落ちる。
腹に手をやろうとしたレーナを、バートンが手を握って止めた。

『今は、ウィンターソルジャーのお腹に、ある』

バッキーに、その、虹のひび割れが……?

『その虹のひび割れは、痛いのか?』
『痛くは、ない。ただ、そこにあるだけ。いずれ割れる日まで、きっとただあるだけ。いや、でも、彼をおかしくした』
『ウィンターソルジャーか?』
『そう。彼が私の身体を点検してくれていたから、解剖も、犯されるのもなくなったけど……私が、解剖された日の夜、ウィンターソルジャーは私の傷を見て、死ぬなって……壁に、頭を何度も、打ちつけて……死のうと……!』


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