▽ 04
アマツマガツチに脇腹を噛まれ、ミラボレアスの前から空へと飛び上がった。
不思議と痛みは感じず、その空の美しさに声を失い涙を落とす。
最期に見る景色が、神たるアマツマガツチと同じとは、これ以上のことはないだろう。
吹き上げる風に微睡んでいると、アマツマガツチがそっと私の体を離した。
落下する、と思ったが、まるで風の揺籠にいるかのように私は落ちることもなくアマツマガツチの正面に横たわっていた。
痛みは感じないが、体を動かすこともできない。
ふと、アマツマガツチの真紅の瞳と目が合うと、その怒りが流れ込んできた。
言葉で伝わってくるわけではないが、直接思考に入るそれは、縄張りを荒らしたミラボレアスへの怒りがはっきりと伝わる。
そして、アマツマガツチの思考だけでは無く、肉体が、龍の力が、脈動が、私の中に、流れ、こんで、き、た。
「っあああ!」
「鎮静剤を打つ!抑えろ!」
痛み、恐怖、怒り、その全てが一度に私を襲う。
が、突如として訪れた眠りのような穏やかな波に思考が一時停止した。
体の中を、龍の力が食い荒らしているみたいに痛いのに、思考がままならない。
「落ち着け、俺は医者だ。お前の体を治してやる」
「医者……」
ようやく私の視界に人間がいることに気づいた。
村に、戻った?
知り合いの医者ではない。
誰だろう。
私の体を、治す?
そうだ、アマツマガツチに咥えられて空に、空に?
ミラボレアスに遭遇して、アマツマガツチに喰われて、生き延びたのだろうか?
そんな、そんなことが……。
「あ、ぁ……」
「喋るな。もう少し体力が回復したら聞く。今は寝てろ」
人相の悪いお医者様が私の瞼を閉じさせると、急激な睡魔に襲われた。
それからというもの、おおよそ1週間ほどは喋ることも許されず、白いツナギの男たちに甲斐甲斐しく治療されながら瞬きだけでの会話をする日々が続いた。
「にしても、凄まじい回復力だな。喉もだいぶ治ってるぞ。キャプテン、そろそろいいんじゃないですか?」
「口開けろ」
キャプテンさんに口を開けて見せれば、ライトで喉奥を照らされる。
声を出してみろ、と言われて、あー、と久しぶりに声帯を震わせた。
少し痛みはあるが、血が出るほどではない。
「まあいいだろう。今日から食事も許可する。胃に負担をかけないメニューを用意しておけ」
「はーい。よかったな、カナメ!」
「は、い……あり、が、とう、ございます」
キャプテンさんに頭を下げれば、鼻で笑われ、いいサンプルは貰ってる、と血液パックを指された。
どうやら私の血は珍しいらしく、医者たる彼の興味を引いた。
だが、この1週間で分かったのは、彼の医者としての優しさだ。
今更取り繕うように悪いフリをされても私は疑わない。
「さて、聞かせてもらおうか、お前のあの能力について」
「のうりょく……?」
「とぼけるな。悪魔の実の力でもなく、龍の姿を取ったあれは、一体なんだ」
「あくま……りゅう……?」
何の話か全く分からない。
悪魔はともかく、龍はアマツマガツチのことだろうか?
アマツマガツチに食われた記憶まではあるし、彼らが遭遇していてもおかしくはない。
「アマツ、マガツチの、ことですか……?」
かの嵐龍の名を聞いても、彼らに伝わっている感触はない。
私の村にはその名が轟いているが、外界の人間は知らないのだろうか。
もしやあちらだろうか、と口に出すのも恐ろしい「ミラボレアス」の名を出した瞬間、どくりと心臓が大きく脈打った。
それと同時に、狭い治療室の中に暴風が吹き荒れる。
「ROOM!シャンブルズ!」
キャプテンさんの声がわずかに聞こえたかと思うと、視界が荒れる船室から広大な海へと変わった。
「えっ!?」
驚きと共に、海中へと沈む。
慌てて海面へと浮上しようと腕を伸ばして、自身の腕から透き通るような白いヒレが生えていることに気づいた。
そして、海を風の流れが阻んでいることにも気づく。
これは、アマツマガツチの……。
徐々に人の手から龍へと変わるその様子に震えるほどの恐怖を感じた。
焦れば焦るほど慣れない龍の腕などまともに動かせず、それに伴ってか風の流れも次第に弱まり海が迫り来る。
怖い。
海水を飲んでしまった時、翼の如き背中のヒレが、感覚すらないはずの尾が、私の意思とは無関係に動いた。
一度は弱まった風の流れが再び強く海水を押し退け、羽ばたくというよりは泳ぐように空へと浮上した。
混乱と恐怖が、見渡す限りの水平線に飲まれて消える。
海を見たのは初めてではないが、こんなにも広大なものだとは思わなかった。
「カナメ、降りてこい」
キャプテンさんの声。
振り返れば黄色い船の上にキャプテンさんがいた。
降りてこいと言われても、私の意思で浮いているわけでは、と思った時、風が私の体を動かした。
私のすぐそばで渦巻いていた乱気流が弱く広がり、船の周囲まで伸びた。
まるで小さな台風の目の中にいるようだ。
私はあくまで自分の意思では無く風にそっと下されるようにして船に降りた。
床に足をついた途端に変異は収まり、腕も足も人間のそれへと戻っていた。
「意識はあるか?」
「は、い……」
「チィ……傷が開いたな。ベポ、連れてこい」
「アイアイ!」
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