Step.10



切島のおかげで場が暖まったというかなんというか。
私はぼけなきゃいけない空気なのかと思いつつも普通に3問目を解いて先生に丸を頂いた。
振り返って自分の席に戻ろうとすると、切島がにっかり笑って親指を立てているのが見えた。
苦笑して親指を立てて見せようとしたとき、そのすぐ奥に、消太くんを見つけて心臓が止まった。
私の席一番後ろなのに気づかなかった!
っていうか切島と話してたせいだ!
ヤバい怒られる!
数秒前のことながらどうやって自分の席に戻ったのか記憶がない。
途端に大人しくなった私を振り返った切島が目の前で手を振ったことでやっと我に返り、焦りを押し込めた。

「どうした?」
「ちょ、ちょっと地獄の閻魔様に挨拶してきた気分」
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫。前向いて」
「ならいいけどよ」

先程切島に貰った勇気を全部使って自分を振るい立たせる。
よしおっけい!
しばらくの間授業を真面目に受け、待ちに待った6時間目が終わるチャイムを聞いた。
授業終了の合図を先生がした途端に切島が振り返ってあの笑顔で笑った。

「久地楽、今日はありがとな!助かったぜ!」
「全然助けられてないけどどういたしまして」
「お前このあと懇談だろ?俺の心いるか?」

切島がまた右手を出して首を傾げた。

「いらないよ。……って言いたいとこだけど、ありがたく頂戴します」
「おう、持ってけ!」

今度は軽く、タッチする程度の接触でプラスの感情を受け取った。
切島からもらった勇気はちゃんと場所を別にしてとっておき、またジワリと鎌首をもたげた焦りを黒い私に引き渡した。
懇談のない切島はクラスの中の良い男子と早々に帰ったが、私たちは一体どうするのだろうと消太くんを振り返った。

「おおう、怒ってらっしゃる……!?」
「報連相!お前の頭は鳥以下か!」
「ごめんなさい!!普通に忘れてました!5時間目に思いだしたよ!」
「ったく……あと授業もちゃんと真面目に受けろ。騒ぐな」
「はぁい……」

分かってはいたけれど結局怒られてしまった。
消太くんが来るって分かってたら万全の状態で授業受けてたんだけどなぁ。
しょんぼりと肩と視線を落とすと、頭になにか妙に重いものが乗っかってきた。
なんだ、と顔を上げれば、消太くんが私の頭に手を置いていた。
撫でるわけでもないが、優しいそれに、私は途端に笑顔を抑えきれなくなった。

「にやつくな。さっきの……クラスメイトをフォローしてたのはよかった」
「うん!ありがとう、おにいちゃ――消太くん!」

私が言い間違いをすぐに訂正すると、消太くんは不思議そうに僅かに首を傾げた。
何だその動き可愛い。

「なんでもいいけど呼びやすいほうで呼べば?」
「いや、やっぱ、お兄ちゃんて恥ずかしいし……」

消太くんは興味なさそうにそうか、と頷いた。
消太くんあんまり私に興味ないよね!
懇談まではまだ少しあるから、私の我がままで近くのカフェに来ていた。
いつもとは違う、私を病院まで迎えに来てくれた時のように、髪を後ろに撫でつけ、髭もきれいに剃った身綺麗な消太くんは、普段の300倍格好良い。
きっとヒーローの要請があればすぐに行ってしまうんだろうけれども、私のために時間を割いてくれたのが本当に嬉しかった。
それからは他愛もないことを話したり、ちょっと重要なことを話し合ったり、短いようで長い時間をカフェで過ごした。
消太くんはヒーロー活動で、私は学校で忙しいせいで、普段からの会話はそこまで多いほうでもなかったため、すごく久しぶりで、満たされた気分になった。
こんなに幸せでいいのかな。

「いいんだよ」
「どうした、黒」

ハッと我に返った。
消太くんの目に移る私の顔が、黒く浸食されている。

「え、なんで……」
「どうしてコトハはそう後ろ向きかな。欲しいものは奪ってでも手に入れなきゃ」

黒く侵食された手が消太くんに伸びる。
まずい、感情が……。
想定した結果とは対照的に、私の黒い手はぺたりと消太くんの頬に触れた。

「もっと側にいてよ」

単純な、至極単純な言葉を、黒い私が吐いた。
感情をぶつけるよりずっと簡単な方法で、私が望んだものを手に入れようとした。
でもそれは、とても独善的で自己中心的な願い。

「黒、いい加減にして」

白い感情で覆い尽くして、心の奥底に黒い私を閉じ込めた。
伸びていた右手も下ろして睨みつける。

「それぐらい言っていいよ」

黒い私がそうしたように、消太くんが私の*に手を当てた。
暖かい心が、漏れては私の中に入り込んでくる。
嘘偽りのない心の言葉。

「迷惑とか、面倒とか思わないから。……叶えられるかは分からないけど」

ああ、だから、ダメなのに。
お兄ちゃんはきっと黒い私が、奪ってでも手に入れたいって言ったと思ってる。
でもその実、黒は私が持っている感情を、なぞって口にしただけだ。
お兄ちゃんが思っているほど、私は綺麗でも、奥ゆかしくも、純粋でもない。
けれど。

「お兄ちゃん……好き……」
「ああ、俺もだよ、コトハ」

私もお兄ちゃんも、恋愛感情なんかじゃない。
それよりもずっと深くて、根強い、家族の愛。
お兄ちゃんは、どんな私でも受け入れてくれる。
だからこそ、私は、それに誠実でなければいけないのだ。



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