Step.100


「黒ちゃんフォーク使いなよ」

肉じゃがを前にどうしようかと悩んでいると、お茶子ちゃんがフォークを渡してくれた。
まだ上手に体を扱えなくて、フォークを持つことが精いっぱいな私は、みんなの料理の手伝いもできずただ座って眺めて居た。

「ありがと。ごめんね、手伝えなくて」
「いいのいいの!体動かすの慣れた?」

苦笑して少しは、と頷く。
本当なら肉体なんて重いものを使わず触手でも何でも使って手伝うのだけれど、コトハも白も沈んでいるため、私の力を使うのがためらわれたのだ。
なんだか、私がコトハを支配するみたいで、すごく嫌だったから。
まあ。
黒く染まった手を見て、罪悪感に眉を下げる。
こんな姿を見たら、支配しているのと一緒だけど。

「コトハってすごいなぁ」
「ケロ?どうしてそう思うのかしら」
「肺を動かしたり、声帯を動かしたり、指を動かしたり。慣れれば簡単なのかもしれないけど、肉体ってやっぱり重いからさ」

ぐっと、力を入れて腕を持ち上げる。
やっと呼吸と発語は問題なく出来るようになったが、歩いたり、手を動かしたりするのは苦手だ。

「15年も、ずっとこんな苦しい世界で生きてきたんだ」

心だけじゃなくて、肉体まで。
なんて酷い、むごいことを。
左手で、右手の震えを抑えながら肉じゃがにフォークを刺しいれた。

「黒さん、コトハさんの体を使ってすぐですから、まだ分からないかもしれないのですけれど……この世界、きっと苦しいことばかりではありませんわ」
「そうそう!コトハも楽しいこといっぱいあったと思うよ!」
「ご飯食べるとね、幸せになるよ」
「ケロケロ、お茶子ちゃんはそうね」

口々にそういって私を撫でる女子たちに、思わず頬が緩む。
そうだ、コトハはこの感覚がとても好きだった。

「ありがと」

お礼を言えば、女子たちは満足げに、にっこりと笑った。


******


「腹もふくれた皿も洗った!お次は……」
「肝を試す時間だー!!」

三奈ちゃんが左腕をつきあげて楽しそうに叫んだ。
肝試しかぁ、うん、楽しそう。
お茶子ちゃんが「ちょっと怖いなぁ」というのを聞いて、なれない腕で頭を撫でてあげた。
よしよし、可愛いね。

「その前に大変心苦しいが、補習連中は……これから俺と補習授業だ」

ばっさりと肝試しに浮足立つ補修組を切って捨てたお兄ちゃんは、反射のように逃げだした数人を捕縛武器で拘束した。
いや、マジか。
コトハが楽しみにしてたのに。

「ウソだろ!!!?」
「いやだぁあああ!!」
「なんでだよ!!」
「すまんな。日中の訓練が思ったより疎かになってたのでこっちを削る。切島、久地楽背負って来い」

お兄ちゃんの言葉に、切島はハッとした顔で私を振り返った。

「に、逃げるか?」
「死ぬよ」

がくりとうなだれた切島に苦笑する。
何で逃げれると思ったんだよ、逆に。
ようやく諦めたのか、切島は悔しそうに私を背負った。
「皆ァ……楽しんで来いよな!!」
「き、切島くん……!」
「はいはい、行こうねー」
名残惜しそうに何度も後ろを振り返る切島の頬を、ぺしぺし叩いてお兄ちゃんの後ろを追わせる。
馬かなんかか。

「黒、体まだ動かねぇか」
「ん、ちょっとなれないね」
「そっか、コトハは大丈夫なのか?」
「白が付いてるから大丈夫だとは思う。私は、何で暴走したのか分かってないから、戻って来てから見せてもらうけど……今までこんなことなかったから不安」
「俺に何かできることあったらなんでも言えよ」
「ありがと。ごめんね、コトハがにぶちんで」
「は!?」

切島がバッと振り返って私を見たが、気づいていないとでも思っていたのだろうか。
おでこにキスまでして?
コトハは恋心なんてない脳筋だから仕方ないけど、私は一緒にしないでほしい。

「お、おまえ、その……」
「コトハはね、ちょっとやそっとじゃ揺らがないよ」
「そ、そう、か……」

私が切島をどうこう言うなんてお門違いだけど、すごくいいやつだから、コトハが普通の状態なら恋しても不思議じゃないかな。
うん、望みはあると思うよ。
限りなく低いので口に出すなんて軽率な真似はしないけど。

『くろ』

内心から聞こえた声にハッと我に返った。
ぞわりとした、何か大きなものを抱えて、浮上してくる。
コトハだ。



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