Step.102
久地楽の白鯨がみんなを助けるために巨体で咆哮し、森へと飛び立っていった。
自身の心で作り出した鳥にシンクロしている久地楽は、先程から椅子に座ったまま集中して動かない。
久地楽だけだ。
今この場で皆を助けているのは。
「ダチが狙われてんだ!頼みます、行かせてください!!」
「ダメだ!」
何度ブラドキング先生に言っても、先生の答えは同じだった。
相澤先生だってそう言っていた。
戦え、と。
ダチを守るために、助けるために、今すべきなのは、戦うことのはずだ。
なのに!!
巨体がふさぐ扉の向こうに影が差した。
「相澤先生が帰ってきた!直談判します!」
「待て、違う!!」
扉から噴き出した醜悪な炎に驚く間もなく、先生が俺と芦戸を庇って炎を回避した。
反射的に立ちあがった俺は硬化して芦戸を庇い、即座に部屋の奥へと下がる。
日々の訓練のおかげか、頭で考えるより早く体が動いた。
「みんな下がれ!!」
「おい、久地楽!!」
くそっ、何であいつ……!
こんな状況下でもシンクロを崩さぬまま椅子に座っている久地楽を抱き上げ、芦戸と同じように部屋の奥へと連れていって俺の体で庇う。
「物間!俺のコピーして久地楽を庇ってくれ!」
「い、言われなくとも!!」
今この状況で圧倒的に無防備な久地楽を物間に任せ、俺はみんなを庇うために一歩前に出る。
俺の個性は、人を守る個性だ。
人を守れる個性だ。
また焔を出そうとした敵を、ブラドキング先生が壁に叩きつけて制した。
「こんなところにまで考え無しのガン攻めか!随分舐めてくれる!」
「操血……強え!」
ブラドキング先生の個性は初めて見たが、その速さと言い、振り切られぬ強靭さと言い、強いと確信した。
三秒も経たねぇうちに……!
個性ばかりでは無いプロヒーローの動きを前に、ごくりと生唾を飲み込む。
自身の血で動きを全て封じ込めた先生に、敵はもうまさに文字通り手も足も出ないというのに、肌を縫い合わせたような異形の姿の男は、にやりと口角を上げる。
「そりゃあ舐めるだろ。こっちはもう一つの目的まで果たした。後手に回った時点で、お前ら負けてんだよ」
男は、先生に壁に押し付けられたまま、ちらりと奥でシンクロを続ける久地楽を見た。
「おーい、久地楽コトハ。無視することぁねぇだろ」
名前を呼ばれた久地楽の意識がハッとこちらに戻った。
俺は視線を遮るように立ち、男を睨む。
「どうせ碌なことじゃねぇ!聞くな!!」
「碌でもない話?そりゃあ聞いてから言ってくれよ。――そいつは俺らの仲間なんだ、ってな」
「ふっ、ざけんな!何で私が!!お前みたいな!みんなを傷つけた奴らの!!」
「知ってるさ、お前、養父を個性で殺しかけたんだろ?今も入院してるんだってなぁ」
「っそれは……個性の暴走で……!!」
「助けに来たプロヒーローたちの心を片っ端から奪って、戦闘不能にしたそうじゃないか。なあ、めちゃくちゃにしてやりたかったんだろ?全部」
「ぺちゃくちゃ喋るな。目的を吐け」
先生が怒りを抑えるように低い声で詰問する。
男から目を離さないまま少し後ろに下がって、久地楽を伺う。
発作のように呼吸を荒くして頭を抑える久地楽を、芦戸が抱きしめてしゃがみ込んだ。
立つことすらままならないのか、酷く動揺した様子で久地楽は震える。
ぎり、と歯を食いしばった。
「お前が知ったような口を利くなよ!こいつのこと、何も知らねぇくせに!!」
「知らないのはお前だとは思わないのか?そいつはヒーローを―――」
「それが何だ」
扉のあった枠から跳んで来た相澤先生は、男の頭を容赦なく蹴り飛ばすと、そのまま捕縛武器で体を拘束し、頭を重点的に踏みつぶした。
倫理的に問題のある光景だったが、奴から出たのは血では無く、何か違うどろりとしたものだった。
「無駄だ、ブラド。こいつは煽るだけで情報ださねぇよ」
偽物!?
まさに跡形もなくなった男には見向きもせず、もう安全だから、と洸汰くんを招き入れて、相澤先生はちらりと久地楽を見た。
まずい状況なのは、分かってる。
でも、久地楽もだいぶ心をやられた。
「俺は戦線に出る。ブラドは引き続きここの護衛を頼む。切島、久地楽は任せるぞ」
「おにい、ちゃ……」
俺と先生だけが知っている小さい悲鳴に、一瞬だけ相澤先生は顔をしかめて駆け寄りかけたが、たたらを踏んで踵を返した。
俺たちが戦線に出ることは許可しないとしっかりくぎを刺して、相澤先生は走り出た。
「俺たちはとりあえず、全員無事でいることが勝利条件だ」
その言葉だけを残して、久地楽のことは無理に視界から追いだすようにして、行ってしまう。
俺はすぐに、芦戸と一緒になって久地楽のフォローをしようとするが、あのヴィランの言葉が頭に残っていつもみたいに上手く笑えなかった。
あの時、相澤先生に頭を蹴られる一瞬前、音にはならなったが、読み取れるほどはっきりと男は口を動かした。
『ヒーローを、憎んでいる』と。
- 104 -
*前 | 次#
戻る