Step.105
結果から言って、俺たち雄英は、ヴィラン連合に大敗を喫した。
コトハの白鯨により生徒は回収されたが、その中に注進されていた爆豪勝己の姿はなかった。
意識不明・重軽症者多数。
無傷で済んだのは、個性管理課に連れていかれたコトハを含めて13人だけだ。
ほどなくして到着した救急と警察に生徒たちを引き渡し、俺とブラドは現場保存と状況説明に立ちあった。
コトハは個性管理課によって一時入院という形で厳重警護されているらしく、一仕事終えて帰宅許可の出たタイミングにちょうど国本から連絡が入った。
知らされた病院に着けば、管理課の人間に奥の個室を案内された。
中に入れば、呼吸補助器をつけたコトハと、見慣れた金髪、それに何人ものスーツの男たちがいた。
「よ、イレイザー。残念だったな、いま寝たとこだぜ」
「外傷は無かったんじゃないのか」
「白に見捨てられたんだと。そんで、いま自分の心が制御できなくなってる」
「……白が」
眉間にしわを寄せ、どことなく顔色の悪いコトハの額をそっと撫でた。
国本には電話で合宿中にコトハが心停止をして、黒が生命機能を代行した旨を伝えてある。
それが原因なのか、それとも、あの顔中ツギハギだらけのヴィランに言われたことを気にしているのか。
「明日は雄英だよな」
「まあな、お前は事情聴取か?」
何も言わずに頷く。
この状態のコトハを一人で置いておくのは不安だが、かといって仕事をおろそかにするわけにもいかない。
通常であるなら切島や麗日といったクラスメートに連絡でもして様子を見てもらうのだが、現状、この個性管理課の厳重警護の様子を見るにそれは叶わないのだろう。
管理課で唯一顔見知りの人間である国本も忙しいのか電話で話して以来姿を見ていない。
合宿所から持って来たコトハの荷物から大切にされている様子のヘッドフォンを出してベッドサイドの棚に置いた。
「バングルは?」
いつも付けている右手にシルバーのそれがないことに気づき、まさか白が持ち去ったのかとも思ったが、マイクに検査のために外していたのだと引き出しを指されて心なしかほっと胸をなでおろした。
事あるごとにバングルを気にするコトハのために、これだけは付けておいてやりたかった。
引き出しからバングルを取り出していつも通り右腕にはめてやると、気のせいかもしれないが白く鈍色にきらめいた。
仲間割れしてる場合じゃないだろ。
もう一度コトハを撫でて、病室を出た。
「よかった、相澤さん」
廊下を駆けてきたのは、いつもより営業スマイルの崩れた国本だった。
彼は隣の空き病室に入ると、軽く手を振って部屋全体に個性をかけた。
国本の個性は断絶だと聞いている。
諜報や隠密作戦に適した強個性だと思うが、その実仕事はデスクワーク中心なのだと言う。
「内々の話なのですが、管理課は本庁が爆豪くんの救出を完遂し、ヴィランの動向をはっきりと掴むまではコトハさんの警護を解かないという方針で決定しました」
警護とは言うが監視、行動拘束のついた軟禁状態になるのだろう。
白のことや、ヴィランがコトハの情報を得ていたことから見ても、国本が尽力してくれたおかげか随分寛大な処置といえる。
「……それと、こんな時に申し訳ないのですが、もう一つ悪い知らせが」
国本は前置きをして、言葉を続けた。
「コトハさんには、もうヒーローになる以外の選択肢は無いと、思っていただいた方がよろしいかと」
「管理課ですか」
色々と察したくないことも察してしまって、深く息を吐きだす。
国本は小さくうなずいた。
「管理課の中でも長く議論がされていたのですが、コトハさんの成人後……つまり、相澤さんの保護、監視の宣誓効力が切れた後、個性管理課はコトハさんを“管理”することで決定しました」
痛む頭を抑えて、壁に立てかけてあったパイプ椅子に座りこんだ。
国本も、全力を尽くしてくれていたのだろう。
納得こそできないが、心のどこかで、覚悟はしていた。
「穏健派の我々が干渉できたのは、ヒーローはその特殊な業務上、常に衆人環視の状態ですから、民衆によって“管理”されているということになる、と条件を加えたことだけでした」
要するに、コトハには将来的に二つの道しか残されていない。
一つは、国本の言う通り、ヒーローになる道。
そしてもう一つは、囚人のごとく管理課の監視下に置かれ、徹底的に“管理”される道だ。
そんなもの、選ぶなら一つしかない。
しかし本来ならまだ広がっているはずのコトハの将来を、閉ざすのか。
国本が勝ちとってくれた唯一の救いの手を取るためには、それしかない。
お前の往く道はどうしてこうも、茨ばかりなのだろう。
「コトハには……いや、伝えないでください」
「……はい」
いつもの笑顔は無く、悲痛そうな面持ちで頭を下げた国本は、個性を解いて病室を出ていった。
守ることのできない両手を見て、コトハの母の声を思いだした。
『ねえ、お願いよ、コトハを……お願いね』
泣きそうな声で、俺とひざしを撫でて、縋るように言っていた。
自分が生まれてから死ぬまでを知っていたという彼女はもしかしたら、今この瞬間まで、“予知”していたのかもしれない。
だとしたら俺は、彼女の期待を裏切ったことになる。
俺が高校生の時、コトハがまだ小学校にも入る前の時を思いだして、心がじくりと痛みを訴えた。
「すみません……変えられ、なかった」
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