Step.108
「さいっこーのエスケープだったね!!」
白い久地楽を、爆豪が乱暴に蹴った。
さっきまでオールマイトの足を引っ張るのは嫌だったから〜みたいな感じで殊勝にしていたと思えばこれだ。
ま、切り替えが出来んのはこいつの良いところでもあるんだけど。
俺は苦笑してまあまあ、と爆豪と久地楽の間に入る。
ぽやぽやしてちょっと空気の読めない天然ご機嫌な白は、何となく本体の仕草を踏襲していて守ってやりたくなる。
なんか幼いんだよなぁ、こっちの久地楽。
「おい、てめぇの本体残っただろうが」
「うん!でもコトハなら大丈夫!今もちょっとシンクロしてるし、シャチさん助けたよ!」
「戻れって言ってんだよ。あいつの白いほう使えんのてめぇだけなんだろ」
爆豪の言葉に、そういえばそうだと白を見れば、顔がないせいで表情は分からないが、どことなく笑っている様子で優しく手を広げた。
「私は皆を守るためにやるべきことをやる。“私”が望むことを、ただやるの。だから戻らない」
そうかよ、とそっけなく視線を外した爆豪の代わりに、俺が苦笑しつつ白の頭を撫でた。
嬉しそうに白い靄を出す白は久地楽の生き写しのような姿かたちなのに、やはりどこか幼い。
皆の意識が白から逸れたのを見計らって、声を潜めた。
「一個、聞いていいか」
「内容によるけど」
「あの、ヴィランが言ってたろ……ヒーローを憎んでるって」
「あー、あれね」
白は合点がいったというように頷いて肩をすくめた。
両手の人差し指を目の前に出して、正解と不正解のちょうど真ん中、と笑ってみせた。
それはつまり、久地楽がヒーローを憎んでいるということもまた、真実なのだということだろうか。
ヒーローを目指しているはずの久地楽が。
「まあ、憎んでるってわけじゃないよ。例えばさ、ヒーローは皆を助けてくれるって信じてる5歳児の両親が急に事故で死んで、その子にヒーローは忙しいから仕方ないよ、って言い聞かせたって無駄でしょ。どうしたって、何で助けてくれなかったのって無茶苦茶言うんだ。そういうこと」
淡々と述べる白に、俺は何も返せず黙り込んだ。
理解も、納得もできる。
憎んでいるわけじゃないにしろ、久地楽の中にはきっとヒーローに対する不信感が未だに拭いきれず残っているのだろう。
今まで何度か聞いた『“私の”ヒーロー』という言葉が今になって少しだけ意味が違って聞こえる。
「久地楽は―――」
声を出した俺を遮り、白は並べた人差し指の先に、白い人型と黒い人型を出す。
あれ、こいつ、白いのしか使えないんじゃなかったのか。
俺の疑問に答えるように、白は黒い靄で口元に弧を描いた。
「私にも黒い心はあるよ」と、口の形をしているのに動かない黒い線から声が聞こえた。
久地楽のしない笑みのような気がして、酷く似合わない違和感に気持ち悪さを覚える。
「人は何をするにも、白い心と黒い心の狭間で決断するんだよ。コトハも“人のため”と“自分のため”っていうどっち付かずの理由でヒーローを目指してるの」
でも、と白は俺の手の平の上に人型を置いて白い人型にロープを持たせた。
自律思考しているのか、黒い人型は白から逃げるように俺の指先の方に走る。
なんだこれ。
じわりじわりと近づく白い人型に、逃げ場を失った黒はすぐにロープでぐるぐる巻きにされ、俺の手の平の上で横たわった。
しくしくと泣く仕草を見せる黒い人型を踏みつけて、白い人型は勝ち誇った様子で片手を俺に向ける。
やめろ。
「“人のため”なんて偽善でしょ。そんな悪い心があるからコトハは迷って、とても簡単なことが出来なくなる」
やめろよ。
俺は自分の中にふつふつと怒りがわき上がってくるのを感じた。
白が俺の手の上の二つを軽く手を振って消し、どうして怒ってるの、と俺の頬に触れてくる。
鳥肌が立って、反射的にその手を払った。
「切島……?」
「やめろよ、触んな」
「え、なんで、ごめん……あ、コトハのこと悪く言ったわけじゃない、の、あの……」
以前、バス席の関係で、ぼんやりとだが久地楽と轟の会話を聞いてしまったことがある。
幼馴染なのだという轟は、久地楽を見つめて『俺がなんでお前が好きなのか考えてた』と言ったことを思いだした。
それに応える久地楽は、単純に好きだからじゃだめなのかと逆に聞き返し、俺も心の中で密かにそれに同意したのだ。
好きだから、好きなのだと。
轟は続けて、もしも久地楽が幼馴染じゃなかったら、久地楽ではない幼馴染を好きになっていたのか、とどこか哲学的な話を持ち出してそれを否定していた。
あの時は分からなかった。
けれど、いまなら分かる。
俺は、白いこいつのことが好きなわけでも、黒いやつが好きなわけでもない。
コトハが、コトハだから好きなのだ。
だから、15年一緒に過ごしてきたのに、何も分かってないこいつに、腹が立った。
「お前も、黒いのも、コトハも、全部まとめてコトハだろ。俺のダチ悪く言ってんじゃねぇ」
白は反射的にか、右手首をさすった。
そこには何もないが、久地楽の右手首にはシルバーのバングルがあった。
白は一歩下がって、ぐっと全身に力を籠めて、怒りを堪えるように俺を見た。
「いつまでも悲劇のヒロインぶった甘ちゃんのままで良いはずがないでしょ!私が、私だけが頑張って前を向いてきたんだ!器のコトハも黒いコトハも何もしてない!!ただの甘ったれで、人に慰められるのをただ待ってればいいと思ってるんだ!!」
「少なくとも、俺は久地楽に救われた。お前が言う、甘ったれに」
白の言葉を繰り返して、何となく分かってしまった。
怒りが、しぼんでいく。
こいつも迷って、見えなくて、戸惑っているんだ。
そう気づいてしまえば、今更強い言葉で否定することもできなくて、ただ何となく、心の中にある言葉をそっと投げた。
「喧嘩すんなよ」
白はハッとして、何もない右手首を握り締める。
「お前がやんなきゃいけないことは、久地楽を追い詰めることじゃねぇだろ。久地楽が甘ったれたときに、叱ってやりゃぁいいだろうが。同じ体使ってんだから、仲良くしろよ」
すらすらと出てきた言葉は、何となく、どこかで聞いたようなデジャブが重なる。
白はふるふると小さく震えて、俺に手を伸ばしたが、先程振り払われたのを思い出してかおずおずと引っ込める。
さっきは男らしくないことをした、と反省して、引っ込んでいった白の手を取った。
「悪かった。なんか、カッとなっちまって……」
「わ、わたしこそ……コトハのこと、嫌いなわけじゃ―――」
白は言葉を切って、絶句した。
体が、透けてる?
俺に触れている手が恐怖でか震え、白は縋りつくよう握った。
「白?」
「コトハの……器の心が……!!私のせい……?」
俺の手を両手で包み込み、一度強い光を放つと、俺の手の中に白い卵を残して白は消えた。
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