Step.109



コトハの居ない家は、酷く寒く感じて、コトハが管理課に連れていかれたと聞いてからはずっと雄英で寝泊まりをしていた。
合宿襲撃にオールマイトの引退宣言……やるべきことは幾らでも有った。
そして、忙しさに身を投じるように、最悪の想定を思考の端に追いやる。
国本からの連絡はない。
今まで暗躍してきたツケだとでも言うかのように、最悪が重なっていく。
ため息をついて、資料を見た。
今は家庭訪問に集中すべきだろう。
耳郎と表札が掲げられた家を見上げ、オールマイトと入る。
職業柄か、緊張というものはなく、なんとなくコトハの三者面談を思いだした。
耳郎響香の家庭訪問は、結果から言ってそう強く非難されることもなく、ほぼ快諾という形で幕を閉じた。
車の中で、「もっと非難されるものと覚悟していた」とオールマイトにぽつりと漏らした。
きっとこの人が、平和の象徴として築き上げてきたものの恩恵なのだろう。
次の爆豪家も、快諾だった。
任せると、両親に頭まで下げて告げられた言葉を重くしっかりと受け止める。
生徒たちを、守り、育てる。
耳郎の家で言った言葉に、嘘はない。
爆豪に呼び留められたオールマイトを車の前で待っていると、話が終わったのか今度は俺のほうに来た。

「久地楽は、無事なんすか」
「俺の口からは、何も言えない。が、復帰はまだ先になる」

黙り込んだ爆豪の頭を撫でた。

「コトハと仲良くしてくれて、ありがとね」
「やっぱアンタが兄貴だったんだな」
「お前は聡い。気づいてただろ」
「別に」

否定とも肯定とも取れる言葉をつぶやいて、爆豪は家の中に戻って行った。
次は緑谷の家だが、オールマイトたっての希望で彼一人で赴くこととなった。
雄英の法人車でオールマイトを緑谷宅に送り、俺は次の家に向かった。
オールマイト一人で心配は残るが、彼のいう通り時間が足りないというのも事実ではあった。
前2組は快諾してくれたおかげでそう時間は取られなかったが、雄英の信頼が失墜した今、自分の子供を再び預けるにはそれ相応の誠意を見せなければならない。
車の中でゆっくりと目を閉じた。
俺とて、教師ではなくただのコトハの保護者であったなら、経緯の説明と信頼について問うたはずだ。
次は轟宅だ。
予め轟の姉から父ではなく自分でもいいかと問い合わせがあり、家族間で話し合われていれば保護者が誰でも構わないと伝えてある。
父であるエンデヴァーが応対できる状態ではないとのことだったが、後処理の関係だろうか。
車が純和風の豪邸の前で止められた。
まあ、No.2ヒーローともなればその収入は計り知れない。
轟家に関しては予想通り、そう揉めることはなかった。
けれど轟はそれよりも気になることがあるのか、話もそこそこに切り上げるとコトハのことに話題を移した。

「言えないって……無事かどうかすら分からないんですか」
「俺自身、会って姿を確認したわけじゃないからな。復帰はまだ先になるだろうと思う」

轟はぐしゃりと前髪を乱暴に抑え、何かに耐えるようにうつむいた。
姉はそんな弟の様子を見て、悲痛そうに背中をさすった。

「お前が気に病む必要はないよ。久地楽のことは、俺たち大人が何とかする」

轟の両側が、それぞれ僅かにだが熱を帯び、冷気を帯びた。


******


何とか今日中にコトハを抜いた20名の家を回ることが出来た。
雄英に戻り、すぐにスーツを脱いで軽くシャワーを浴びる。
汗と疲れを流したというのに、まだ何か心にしこりが残って、決して心は晴れなかった。
水気の残る髪をタオルでかき混ぜて、仮眠室に潜り込んだ。
ゼリー飲料を手に持って、コトハが怒るだろうかと思いなおす。
かといって食堂に行く気力も、購買に行く気力もないため、結局何も口に入れず、備え付けの温蔵庫からコーヒーだけをとりだしてそのままソファに凭れた。
俺は、緑谷、轟、切島、飯田、八百万の5名、及び単独でコトハが爆豪の救出に赴いたという話を聞いて、病室で意識のなかった耳郎、葉隠と当人である爆豪以外の18名を除籍するつもりだった。
たとえコトハがヒーローにならねばならないとしても、俺は俺の指導下で、雄英のヒーロー科で卒業させるつもりはなかった。
が、結局、オールマイトの引退と雄英の方針から合理的に考えて、除籍はしないということに帰結する。
夏休みが終わるのも待たず、すぐに全員が寮に入ることになるだろう。
いや、コトハを抜いた、20名が。
復帰のめどはたっていない。
国本に、連絡を取らなければ。

「イレイザー、ちょいいいか」

仮眠室のドアを少しだけ開けて、マイクが姿を見せた。
ソファに凭れたまま、ああ、と短く声を返した。
マイクが持ってきたのは封の切られた段ボール箱だった。
今は雄英も過敏になっているから郵送物は全てチェックされる決まりであるためその関係で開いているのだろう。

「お前宛だ」
「職員室にでも置いといてくれたら後で見る」

だから少し一人にしてくれと暗に言うが、マイクは首を振ってローテーブルの上に段ボールの中身を置いた。
ヘッドフォンと、シルバーのバングル。
指先から切り落とされていくような、異様な絶望が俺を見つめては、にやりと笑う。
マイクは目を伏せ、差出人のところにある警視庁の住所判も一緒に差し出して口を開いた。
やめろ、言うな。

「コトハの物だ」



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