Step.113
夏休みも明け、仮免取得に向けた圧縮訓練が始まった。
けれどコトハちゃんの居ない20名のA組は、気のせいかもしれないが、いつもより暗く見えた。
「A組、全員一度休憩ダ」
「A組……全員、か……」
私がつぶやいた言葉に、A組ががくりと肩を落とす。
全員じゃ、ない。
「先生、コトハはいないですよ……」
「ソ、ソウダッタナ、スマン」
三奈ちゃんの言葉にエクトプラズム先生が周囲のへこみ具合を見てすぐに言い繕った。
こんなことが一日のうちに何度もあるものだから、先生たちの間では全員、とか、A組、とかっていう言葉はNGになったらしい。
コトハちゃんのことが、みんな心配なんや。
私自身、心配で、コトハちゃんが何か大きなことに巻き込まれているような、そんな恐ろしい予感がして、怖かった。
休憩も終わり、昼過ぎに内線を取った相澤先生が出ていったが、訓練終了時間になっても戻ってこなかった。
「相澤先生どうしたんやろね」
「うん……」
飯田くんはコスチュームに付いて発目さんと話があるとかで、私とデクくんは先に寮に戻っていた。
共同スペースで少し休んでから部屋に戻ろうとひとまずソファに向かえば、A組の何人かがそこにいた。
「おっ、緑谷、麗日!いいところに!」
切島くんが私たちを見つけて手を振った。
みんな何かを囲んでいる。
「こいつ撫でてやってくれよ。撫でると喜ぶんだ」
そう言って切島くんが差し出したのは、普通よりも少し大きめの卵。
白くて、少し輝いていて、まるで人の心のようなそれに、私は切島くんを見た。
「これって……コトハちゃんの……?」
「そうだ」
「えっ、何で分かるの!!?」
デクくんになんとなくなんやけど、と返した私はじっと卵を見つめ、優しく撫でた。
「コトハちゃん、早く帰ってきてね……お泊り会もまだ、出来てへんよ」
肝試しも途中で終わっちゃったから、今度こそみんなでやろうって、話してるんだよ。
だから、コトハちゃんも早く帰ってこないと。
コトハちゃんがいないと、“みんな”が揃わないの。
心を込めて、ゆっくりと撫でる。
白く光を纏った卵は小さく揺れると、その表面にひびを作った。
「えっ!?」
私が驚いている間にも卵のヒビは確実に広がっていき、切島くんがそのひびを覗き込んだ瞬間、完全に割れた。
ひな鳥がひょこりと顔をのぞかせ、何かを探すようにきょろきょろとあたりを見回した。
「お、にーちゃ、ん」
幼いコトハちゃんのような声を絞り出したひな鳥に、切島くんがハッとして走り出ていった。
ど、どうすればええの!!?
「ちょ、切島!?」
上鳴くんが走り出ていった切島くんの背に声をかけるが、聞こえているのかいないのか、その背はどんどん小さくなっていってしまう。
「おい丸顔、なにした」
「な、なにって、ただ早く帰ってきてねって撫でてただけなんやけど!!?」
爆豪くんが珍しく話しかけてきたかと思うと、すぐに私から興味を失ったのか私の手の中にいるひな鳥を覗き込んだ。
ひな鳥はぴいぴいと鳴いて、先程みたいにコトハちゃんの声で喋りはしない。
何だったんだろう、さっきの。
そういえばお兄ちゃんって言ってたな……。
お兄さんの話はコトハちゃんから何度か聞いたことがある。
「久地楽は無事なんかよ」
ひな鳥はぴいぴい鳴くばかりで爆豪くんの言葉には何も返さない。
あかん!焼き鳥にされる!!
と、思ったが、爆豪くんは舌打ちをしただけで爆発の一つも起こさずソファに戻っていった。
幼馴染のデクくんも不思議そうに爆豪くんを見る。
怒鳴りもしないなんてどうしたんだろう。
「麗日!その鳥貸してくれ!」
切島くんの声にハッと玄関を振り返れば、見慣れた赤い髪がプレゼント・マイク先生を後ろに連れてきていた。
いつものしっかりセットされた姿では無く、長い金髪を後ろで括ったオフの姿だ。
「ぴい!」
ばさりと未熟な両翼を広げたひな鳥は、まるで飛び方を知っているとでも言うかのように強く羽ばたき、こちらに走ってくるマイク先生に向かって飛んでいった。
その速さは私たちが想像したそれよりずっと速く、プロヒーローのマイク先生ですら一瞬反応が遅れてたたらを踏みかけることしかできず、その胸のあたりにひな鳥が激突した。
はずだったのに。
さっきまで私が持っていたのにもかかわらず実体がないのか激突はせず、マイク先生の胸にするりと入って、背中側から出てくる。
いく分か姿を大きなものに変えて貫通した鳥はそのくちばしに白い光を放つマイク先生をくわえていた。
幽体離脱のように、肉体から白いマイク先生が鳥によって引きずり出されたのだろうか。
って、うん!?なんじゃそりゃ!!?
「ま、マイク先生が喰われてる!!」
「待て待て!!落ち着け!カームダウンッ!!俺はちょっとこいつと出てくるから、俺の体頼むぜ!!」
「ええ!!?ちょ、状況!状況説明してくださいよ!」
上鳴くんが慌てて声をかけるが、先程の切島くんのようにマイク先生は振り返らず飛んでいってしまった。
慌てながらも最初に動いたのはデクくんだった。
騒ぎを聞きつけてやってきた障子くんたちに声をかけ、僅かに息をしている様子のマイク先生の体をソファに寝かせる。
すごい……ウチ、全然動けへんかった……。
「麗日さん、念のために八百万さん呼んできてくれないかな」
「あ!うん、分かった!」
デクくんに言われて、すぐ女子寮のエレベータに乗り込んで、5階のボタンを押す。
全然関係ないのだけれど、何となく、今のコトハちゃんにデクくんが付いていればと思った。
コトハちゃんがどういう状況なのか分からないし、デクくんがいたからってどうよくなるとも言えないのだけれど、デクくんには、すっごい力があるから。
個性の話しじゃ無くて、もっと、本質的な話し。
「って!なんでデクくんのことばっかり!!?」
「緑谷さんがどうかしたんですの?」
「いやいやいや!別にそんなんとちゃうし!!?」
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