Step.116
切島鋭児郎が俺を呼びに来る1時間。
俺は消太からコトハの件で出てくると短い伝言を受け、雄英に残っていた。
コトハのことが不安ではあったが、信頼できる同期が行ったのだから、きっと大丈夫だろう。
職員室の自分のデスクに置かれた段ボールを職員寮の部屋で開き、中にある大量の緩衝材をとりだすと、それに見合わない普通サイズのDVDディスクが入っていた。
不思議に思い差出人を確認すれば、コトハの、母親の名がそこにあった。
「……ン?」
日付指定を14年後にしてある。
なんで、いまなんだ?
母親の個性を思いだして、もしかしたら今の状況を予知していたのかもしれない。
テレビの電源を入れ、DVDを差しこむ。
僅かな読み込みの時間があいて、懐かしい二人が表示された。
コトハの両親だ。
母親の腕の中には、まだ赤ちゃんのコトハがいる。
悲しそうな顔で、両親は笑う。
『ひざしくん、コトハの母です。多分ね、このDVDを見てる頃には、私はもう死んでいると思うの。そう、予知してしまったから』
母の肩を、父親が抱いて優しく続きを促す。
『私の予知は、自分自身の未来を早送りで見るような感じなの。でもね、コトハが生まれてから、私の個性は少し形を変えたわ』
慈しむようにコトハを撫で、母親は、コトハの未来も見えてしまったの、と涙を落として言った。
ああ、やっぱり。
全部、こうなることが全て分かっていたのだ。
『未来はそう簡単に変えられるものじゃないの。願えば叶うなんて、そんな優しい世界じゃない』
泣き崩れる母を見て、父親が後を引き継いだ。
母の腕に抱かれるコトハは、すやすやと穏やかな眠りの中で幸せそうにぎゅ、と小さい手を握りこんだ。
『消太くんとコトハが、死ぬんだ』
「なっ……!?」
反射的に立ち上がった。
なんでだよ。
消太は、あいつはコトハを助けに行ったんだろ?
じゃあなんで!!
『何もできないなどと自分を責めないでほしい。コトハが望み、消太くんがそれに応えてくれたんだ。君は何も悪くない。誰も、きっと悪くない』
『あなたのお友達を奪ってしまって、本当にごめんなさい。残される者が一番辛いの。知ってるわ。でもどうか、自分を責めないで』
このDVDは、俺に宛てられたものなのか。
俺が二人を失って、自分を責めないようにと。
本当は両親とコトハたちしか知り得なかっただろう、事の真実を、俺のために。
『私は数年後死ぬわ。きっと、コトハを庇って。それからはずっとこの人とコトハが二人で生きて行くの』
「二人で……?」
母親の語る未来は、俺の知っている過去と違う。
まるで、俺の顔が見えているとでも言うかのように、父親が泣きながら語る妻の肩を抱いてこちらを強く見る。
すまないと、眉尻をさげ、違う未来を知っているかのような、強い瞳で。
それじゃあまさか。
『災害救助をするヒーローを見て、コトハは雄英のサポート科を受けるわ。さすが私の子供って感じなんだけど、この子ったら入試一位なのよ』
母親は、嬉しそうにまた違う未来を話す。
そう、いうことか、
コトハの父親は、コトハを庇った母を、さらに庇って死んだと聞いている。
つまり父は、本来予知の中では死ぬはずでは無かったのに、死んだ。
それで未来が少しずつ変わっているのだ。
いいのか、悪いのかは分からない。
父親が死ななければ、コトハはあの養父に引き取られることもなかった。
けれど、あの養父に引き取られていなければ、俺たちと出会い、ヒーロー科に進むこともなかった。
けれど、ヒーロー科にさえ入らなければ、USJで傷つくことも、合宿で死にかけることも、いま、どこかで監禁されていることもなかったのかもしれない。
『サポート科に入って、消太くんとひざしくんが雄英の先生になってるって初めて知るの。すごく、喜ぶわ。でもね、消太くんが大怪我を負うの。そこから、コトハはすごく臆病になるのよ。失うことが、怖くて、怖くてしょうがないの』
『そんな時に、夏頃に僕が事故で死ぬんだ。コトハは暴走を起こし、心を病んでしまう。そして、家に助けに来てくれた消太くんを巻き込んで、取り込んで……』
父親は目を伏せた。
そして二人は死ぬのだろう。
母親の見た予知の未来であれば。
だが、それなら、未来が変わったというのなら、消太がコトハを助けてくれるかもしれない。
二人で何でもないような顔で、けろっと帰ってくるかもしれない。
そうだ。
「マイク!来てくれ!」
職員寮の玄関から聞こえたブラドの声に緊急性を察して、すぐに部屋を走り出た。
プロヒーローとして培われた反射に物を言わせ、階段を駆け下り玄関へ向かう。
階段を駆け下りると、A組の切島がいた。
コトハが“お兄ちゃん”を探しているのだと。
だから、消太はどこにいるのかと、切島は焦ったように言う。
ああ、これがきっと運命の分岐点なのだと、変わった過去と未来を慮りながら、確信した。
******
白い鳥に体から心を抜かれたとき、白いコトハの心までが入ってきて、涙があふれそうになった。
なまじ同じ体にいたから、白いコトハには分かってしまうのだろう。
思考もままならず、執念にも近いこの力の残り滓のような鳥は、本体が死にゆくさまを、その全身を持って感じている。
本体のコトハに対する強い罪悪感、怒り、後悔、諦め。
結局は、白いコトハも諦めて受け入れていた。
この世界を生きるのは、コトハには辛いことなのだと。
今はただ、再びコトハと一つになるために飛んでいる。
俺は鳥に導かれるまま夜の空を飛び、歯を食いしばる。
首を振って、心に入ってくる俺には必要のない感情を拒否した。
鳥が光の軌跡を残しながら目指したのは、暗い海だった。
海岸の方から人の喧騒は聞こえるが、それ以外は何もなく、静寂が耳を焼いて心を食んだ。
コトハの愛した鯨もシャチも、小魚一匹いないまるで死んでいるかのような海。
けれど、深いところから星屑を散らしたようなきらめきが浮上してきているせいで、その正体が一体何なのかを知り、俺は迷わず海に飛び込んだ。
今の俺には実体がないはずなのに、冷たい海は俺を押しつぶさんと、押し流さんとしてくる。
海に混ざったコトハの心に触れるたび、心が流れ込んできた。
消太はこの心に、きっと流されてしまったのだろう。
先導する鳥に触れて、俺は自身の心を流し込んだ。
俺は怒っているんだ。
簡単に死んでしまおうとするコトハにも、それに流されてしまった消太にも。
何も楽しかったことねぇのか?
今まで、一度も?
手を尽くさないで、死のうとするなんて、そんなの違うだろ。
だって、少なくとも今、消太はお前を迎えに来たんだぜ?
管理課の手から、お前を助けに来たんだ。
だというのに、なぜ助かろうとしない?
俺は、俺たちは、お前のためなら何でもできるよ。
この国の法律がお前を戒めるなら海外に行こう。
そこで三人で暮らそう。
今まで生きてきたすべてが辛くて、死んでしまいたいほどだというのなら、今日これからは楽しいことだけをして生きていこう。
俺には、それが出来る。
何だってできる。
でもそれはすべて、お前が望めばって話だ。
助けてくれと、腕を伸ばしてくれなければ、俺はその手を取れない。
未熟なヒーローでごめんな。
少しずつ崩れていく鳥は、俺の心を乗せてコトハへと泳いでいった。
混ざり溶けて、一つになるのだろう。
その後ろを追えば、ぐったりとした状態のコトハを抱きしめている消太が、沈みゆく姿。
死ぬなんて、まだ早い。
俺の体が白く輝き、A組連中の心が俺の体に実体を持たせ始めた。
ああ、ほらみろコトハ。
指先から具現化していく感覚に耐えつつ、コトハを腕に、消太を肩に担いで浮上する。
俺を実体化させてなお余りある心の渦は、やがて大きな流れとなり俺の背中を押す。
おそらくコトハが今まであらゆる人に渡してきた心が、それぞれの宿主の意思をこうして具象しているのだろう。
奇跡のような光景は、コトハがこの世界で生きてきた痕跡であり、生きていく意味でもあるように思う。
目を開けて、心に焼き付けろよ、コトハ。
もうお前のそばいるのは、お兄ちゃんだけじゃないんだぜ。
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