Step.12
「久地楽、ちょっといいか」
3年春。
ここ最近、切島の様子が少しいつもと違って見えていたから、私が断るはずもなかった。
いつも一緒にいる友だちは先に帰ったのか、部活もすでにおおよそが引退してしまった3年生の教室には、私と切島しか残っていなかった。
「お前、進路希望だした?」
「うん」
「その……進路とか聞いてもいいか」
「私は雄英ヒーロー科第一志望だよ」
切島は私が思っていたより驚いた。
言葉にならない驚きだけの発声を、耳をふさいで受け流す。
ひざしくんのヴォイスで慣れているからできた。
「マジか……4組の芦戸だけだと思ってた」
ああ、三奈ちゃんね。
目立つし社交的だから、私も何回か話したことはある。
確かに正義感が強くて、いざというとき敵に立ち向かえる勇気を持っている。
「切島も雄英?ヒーロー志望だよね?」
私の言葉に、切島は少しだけ傷ついたような顔をした。
え、と思う間もなく、うつむいた切島を、黒い前髪が覆い隠してしまう。
「俺は、いざってときに、敵に立ち向かえなかった」
あまりに先ほど考えていたことと同じことを言われたので、今度は私がうろたえた。
「目の前で、同じ制服の女子が……殺されるかもしれねぇ状況だったのに……」
ヴィランに遭ったんだ。
切島の恐怖は一体どれほどだっただろう。
慮ることしかできない私は、無力さに内心歯噛みする。
私の個性で、切島の不安も恐怖も食いつぶすくらいわけない。
けれどそれでは、意味がないのだ。
感情は、根幹から湧き上がってくるものだから、きっと切島にしてあげられることは、そんなことじゃない。
「結局、芦戸が助けた」
「切島……」
「俺は今までずっと、個性がだせぇ、もっと派手な個性だったらって思ってた……けど、あの時、人のピンチに、飛びだせなかった……本当に命をかけなきゃいけねぇときに!!」
卵が切島を助けるには、まだ心が足りなかったんだ。
私は慟哭にも近い切島の声に、耳を傾けながら思考した。
「後悔した……情けなかった……!」
「今の切島の方が、情けないよ」
何言ってるんだ私。
思わず突いて出た言葉に、切島は顔を歪めた。
言い返すことすらできない程に消沈している。
慰めて、そんなことない、頑張れ、君はヒーローになれるって、励ましてやらなきゃいけないのに。
でも、それよりもっと、友達として言わなきゃならないことが、あるから。
「少なくとも、その時の切島は敵を前に逃げたりしなかった。飛び出して行けなくても、立ち向かっていたんでしょ。必死に自分を奮い立たせて」
情けない顔で縋るように私を見る切島の*を掴み、泳ぐ目にしっかりと視線を合わせた。
「自分を嘆いて憐れんでるだけじゃ、何も変わらないの」
私の中にある希望と勇気、それと自信を混ぜて捏ねて、丁寧に渡した。
目を閉じれば、切島のインナースペースが見えた。
以前出会ったインナー切島は、もう1人の黒い切島にマウントポジションを取られ、呪詛にも近い言葉を延々と聞かされていた。
「お前はヒーローになれない」
そんな言葉や、酷く追い詰めるような言葉ばかり並べたてている。
「喧嘩しないの!」
黒い切島の首根っこをひっつかんでインナー切島から引きはがした。
先程私が渡した白い感情の塊は、黒い切島を警戒するように見ていて、離れた今、チャンスだとばかりにインナー切島に飛び込んでいった。
「君がすべきことは、切島を追い詰めることじゃないでしょ。切島が、驕ったり、人を傷つけたときに、しかりつけるのが君の役目。同じ体使ってるんだから、仲良くしなよ」
黒い切島にも白い感情を分け与えて、言葉を投げた。
気まずそうな仕草で顔を反らした黒い切島の頭を撫でて、呆然としたままこちらを見るインナー切島に笑顔を見せた。
「切島はね、優しくてかっちょいいヒーローになれると思うよ」
閉じていた目を開いて、頬から手を離した。
「一晩考えてみなよ。ヒーローになれるかどうかじゃなくて、ヒーローになりたいかどうか」
きっと、決まっているのだろうけど。
皆、少なからず切島に影響を受けている。
ならばきっと、ヒーローに向いていないなんてことは、決してないのだ。
翌朝、珍しく早く来た切島は、脇目も振らずに私の前に立った。
「俺はヒーローになりてェ!」
ちらほらといた教室内の生徒が、全員こちらを向いたけれど、私は気にせず、切島に強く頷いた。
「うん」
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