Walk.08
コントロールを失った炎が、超音波の影響でいまだ動けずにいる真堂さんを襲った。
「何を、してんだよ!!」
私がバリアを張る間もなく緑谷が真堂さんを抱えて離脱した。
早い。
数秒遅れて前線に向かう私とすれ違う緑谷は視線だけですぐに戻ると頷いた。
私が前線についたとき、夜嵐はセメントガンと超音波でかろうじて意識があるレベルだった。
出遅れた……さっきも、いまも……!
体を掴まれ、至近距離で超音波を食らいかけた焦凍くんのカバーに乗っていた獅子を飛ばした。
カバーはできたが、超音波自体を防ぎきることはできず、焦凍くんは意識を飛ばさないものの地面に崩れ落ちた。
どっちもダウンとか、あんなプロテクターをつけてなお流石にシャチョーは強い。
「コトハ、あいつのフォローを……!」
焦凍くんが倒れ伏したまま炎を放出した。
まさか自棄になったのかと思ったのも束の間、夜嵐の風が炎を掬い上げて渦巻く炎熱の牢獄を作り上げた。
「あっつ……!!」
あいつのフォローって、そういう事!
焦凍くんは炎を出しながら氷で自衛しているが、夜嵐は風をコントロールすることに注力し、完全に無防備だ。
私は夜嵐の風を邪魔しないように獣を配置してヴィランたちを牽制した。
あんだけ敵対していた人のために、フォローを願うだなんて。
わしわしと撫でてあげたい気持ちを抑えて徐々に集まるヴィランたちから感情を奪う。
「炎と風の熱風牢獄か……いいアイデアだ……並のヴィランであれば諦め……泣いて許しを乞うだろう」
まじか……。
ダメージはあるだろうが、まるで感じさせない声に焔の奥を見つめる。
シャチョー、炎には弱いと思ったんだけど。
「ただ、そうでなかった場合は?撃ったときには既に次の手を講じておくものだ」
ペットボトルの水を頭にかけて乾燥を和らげるシャチョーを見て、私は後ろを振り返った。
次の、一手!
私の伸ばした灰色の手に一瞬温もりが触れ、私の心を纏って飛んで行った。
「で、次は?」
今までの比ではない出力の超音波で熱風の渦をかき消した。
余波がここまで……!
けれど。
「二人から!離れてください!!」
緑谷が間に合った。
私のイメージを持った翼のスピードに緑谷のパワーが乗り、高速移動での蹴りがシャチョーを襲う。
が、片腕で易々と防がれた。
この速度が止められたのは驚愕に値するが、大丈夫、想定内!
「緑谷!イメージ!!」
「かっちゃん!!」
緑谷が纏っていた灰色の輝きは緑谷自身のイメージによって爆豪を形作った。
新技・『アシェンプテル』
体育祭で出したドラゴンの応用だ。
あの時は爆豪が心を、私がイメージで形を作ったけれど、今回は逆。
私の心を緑谷に渡して緑谷のイメージだけで作った。
爆豪を作るというセンスはともかく、合図から具現までのスピードは必殺技の訓練の時に緑谷ともやっていた功績が大きい。
私が手を伸ばして心を渡したとき、すでにイメージを作ってくれていたのだろう。
爆豪は緑谷を足蹴にして勢いを得るとシャチョーの後ろに回り込み灰色の手でその背に触れた。
灰色の爆豪が白を吐き出すように真っ黒に染まる。
やった!!
崩れ落ちかけるシャチョーが蹈鞴を踏んで耐えた時、試験終了のブザーがなった。
『えーただいまを持ちまして配置されたすべてのHUCが危険区域より救助されました。これにて、仮免試験全工程終了となります!』
「終わった!?」
私はすぐに精巧に作られた黒色の爆豪を回収しに駆け寄って、シャチョーに触れて心を返した。
呆然と胸の辺りを抑えていたシャチョーはハッと我に返り、私を見下ろして笑う。
「しゃ、シャチョー……?」
「良い個性だ」
アシェンプテルは黒い心を根こそぎ奪って、幸福な心だけを押し付ける技だ。
人は、白黒のバランスが崩れ、どちらか片方でも多すぎるとそちらに引っ張られて動けなくなってしまう。
それがたとえ幸福な感情でも、人によっては呑まれて沈んで、現実に回帰できなくなる。
だから、少し焦った。
シャチョーだからと勢い余って緑谷に纏わせた心の量が多すぎた。
「だ、い、じょうぶですか?」
「ああ、大丈夫だ。ありがとう、昔の記憶が蘇った」
シャチョーは懐古するように目を細め、不安で見上げる私の頭を撫でた。
シャチョーの手からはいまだに後を引く幸福な感情が漏れ出ている。
申し訳ないとは思ったが、心のバランスに余分な白を回収した。
「シャチョー!すみません、仕事できませんでした……」
やっぱりシャチョーのサイドキックたちだ。
謎の全身タイツのままこちらに向かってくるが一体誰が誰なのか全く分からない。
「やっぱ拘束用プロテクターは動きづらいっすね」
「こ、拘束用プロテクターだったんですか!?」
ヴィラン演出のためのクソダサタイツだと思っていた。
「おっ!よぉハーティ!そうだぜ、個性も使用禁止で武器はこれのみよ!」
「ああ、どおりで。だからすっごく弱かったんですね」
「うぐっ、ま、まあな」
サイドキックたちは各々後片付けや負傷者たちを運びに行った。
私も動けないでいる焦凍くんと夜嵐のために小さい鯨を出して担架がわりに運んだ。
私たちの周りに誰もいなくなり、私も控え室に戻ろうとシャチョーに挨拶をすると、少し良いか、と引き留められた。
「あの時……神野のあの時、助けてやれなくてすまなかった」
「えっ!?いや、あれは仕方ないですよ!相手警察ですし!」
一体なにを言い出すのかと狼狽えていれば、シャチョーは膝を折って私と視線を合わせた。
鋭い捕食獣の目はこれまで見たことがないほどの悲しみと後悔にまみれている。
どうして、シャチョーが謝る必要なんて、シャチョーはなにも、悪くないのに。
「すまない」
シャチョーに安心して欲しくて白い心を渡そうと触れた。
その時、ふとシャチョーが以前話してくれたことを思い出した。
ヴィランに洗脳された少女。
もしかしたら、目の前で連れて行かれた私の姿は、トラウマを抉るようにその少女が重なってしまったのかもしれない。
シャチョーの心の奥底にある後悔を少しだけ盗んで、首を振った。
「大丈夫ですよ、だって、生きてますから!」
生きてさえいれば、大丈夫なのだと。
生きてさえいれば、助けるチャンスはあるのだと。
心を渡して、自責を覆い隠す。
もしあの時、ひざしくんが、クラスのみんなが助けに来くれていなかったら、私はシャチョーの心にまで消えないくさびを打つことになっていたのではないだろうか。
湧き上がる恐怖と自責に蓋をして笑う。
「すまない、君に気を遣わせてしまったな」
立ち上がったシャチョーは私を撫でて引き留めたことをまた詫びた。
私は笑顔のままシャチョーに背を向け、着替えるために控え室へと走った。
ああ、わたしは、なんてことを。
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