Walk.17
「久地楽さん!?」
心操くんの拳で、ぶっ飛んだ。
「ご、めん、って、言うのも変だけど、避けると思った……」
「い、いや、ごめん、こっちこそ!」
身が入っていない。
授業も、心操くんの特訓にも。
消太くんはもういいから帰って寝ろ、と私を放り投げた。
迷惑がかかっているのは分かっている。
でも、考えてしまう。
教師寮へと戻り、エントランスのソファで天井を見上げた。
「コトハ?」
「ひざしくん」
「心操と訓練じゃなかったのか?」
はは、とはぐらかそうとすると、察しのいいお兄ちゃんは仕方ねぇなあ、と私の頭を撫でてくれた。
「んじゃ、俺と遊ぼうや」
「えっ!?」
「この間しょーたと出かけたろ?次は俺だぜ!」
「いや、あれはお出かけというか……外出届も……」
「俺も教員!さっさと着替えてこい!30分だけ待ってやる!」
「意外と待ってくれる!」
私の部屋にぶん投げられて、どうしようと思う間も無く着替えた。
咄嗟に取ったのはお気に入りの服で、こんなに凹んでいるのに心は素直だ。
30分もかからず着替えて、エントランスに向かった。
「お、兄ちゃんも着替えてる!」
「ヒーロースーツじゃ目立つだろ」
「確かに」
ひざしくんは車回してあるから、とエントランスの扉を開けた。
「どこ行きたい?」
「……お墓」
「デートにお墓って!!……まあ、いいけど!でも、最後な!!その前に遊ぶぞ!どこ行きたい!?」
「思いつかない……」
「水族館、はやめとくか、動物園は?」
「もう18時だよ」
「ううん……よし、兄ちゃんプレゼンツで行くか!」
陽が落ちてこれから眠りにつくだろう街に繰り出した。
******
「夜の遊園地はじめてきた!楽しかった!!」
「だろー!」
観覧車の中で今日乗ったアトラクションを指して、あれはこうでこれはああでと小学生みたいに喜んだ。
今まで縁遠くて行く機会もなかったけど、これはみんな行きたがるわけだわ。
「コトハ、楽しかったか?」
「うん!」
「よかった」
パッと広げられた両腕に、刷り込まれた本能で飛び込んだ。
ひざしくんの感じから、おそらく消太くんはナイトアイの件を言っていない。
だから、ひざしくんはただ私がしょげているのを見て、連れ出してくれたんだ。
「帰ってきてくれて、ありがとうな」
私を抱きしめたまま、いつもよりずっとずっと小さい声でひざしくんが呟いた。
「助けてくれて、ありがと」
観覧車がゆっくりと回り、下に降りる頃には、いつものひざしくんだった。
「んー、お墓、行くか?」
「行きたいな」
「了解!じゃ、夜の墓参りと行くか!」
ひざしくんの運転で、遊園地と対照的な、人生の最終地点へと向かった。
郊外だからか街灯が減って行く。
寺に車を停めて、置いてある桶を取った。
「なあ、怖くね?なんか出そうじゃね?」
「……幽霊がいるなら、会いたいよ」
「んん……」
「ごめん」
「いや、トーゼンだぜ。ほら、花持ってて」
ひざしくんはわしわしと頭を撫でて桶に水を入れた。
私より知った道をひざしくんは進む。
もしかしたら、選びとられなかった未来では、ひざしくんは一人で来ていたのかも知れないと、ふと思った。
「よーし水かけるぞーちょい離れろ」
「はーい」
比較的綺麗なので掃除をする必要もなく、お花を供えた。
ひざしくんが蝋燭に火をつけた。
ゆらりと燃える光を見つめて、しゃがんだ。
「お父さんは、死なないはずだったんだって」
「……おう」
「何で、死んじゃったんだろう」
ひざしくんは答えなかった。
問いかけたつもりもなかった。
まして、責めたつもりもなかった。
だから、ひざしくんが泣くなんて、思わなかった。
ぽろぽろと、雫が落ちる。
「ごめん……ごめんな、俺らが、もっと早く、迎えに行ってりゃ……」
「ち、ちが、わたし、が、わるい、私が……」
お父さんは、未来の私を助けるために、死んだ。
でも、私と生きて欲しかった。
だって、本当に辛かったんだ。
殺してしまいたくなるほど。
深淵を覗けば、暗闇の中で築かれた私の根幹が見えてしまう。
お父さんが生きていてくれたら、私はヴィランにならずに済んだのに。
「予知は変えたら、悪い未来が来る……」
「コトハ」
「なのに、なんで、何で私が死んでないの……?」
「コトハ!」
ひざしくんが私の両肩を掴んだ。
震えているのが、私なのか、ひざしくんなのか、分からなかった。
「お前の父ちゃんは間違ってない!予知を聞いて、自分にできることをした!未来を変えようとしたんだ!」
「変えなきゃよかった!!変えなきゃ……私は、お父さんといられたのに……!」
「お前が死なないためだよ!!」
「死んだほうがよかった!」
バチ、と予知が来た。
こんなタイミングで。
予知の私は、ひざしくんに頬を叩かれた。
私は反射的に一歩引いて、ひざしくんの手を避ける。
縋るような手が、私の肩に戻った。
「予知したんだろ、いま」
「し、した……」
「その個性は、お母さんのもんだろ」
「うん……」
「お母さんが守ってくれてんだろ!!死んだほうがよかったんなんて二度というな!!」
握られた肩が痛い。
けれど、そこから伝わる心のほうがずっと痛かった。
「お父さんだって、守りたかったんだ……本当なら、3人で、家族3人で、未来を歩めるように、死ぬ日が分かってるなら変えたかったんだ。お父さんの決意を、お前が踏み躙るなよ」
「でも……!」
「消太だって死んでた!!お父さんは、お前と、消太も助けてくれたんだ!!」
「え……なんで、わたし、だけじゃ、ないの……?」
「消太も、死んでた」
「そ、んな……」
崩れ落ちそうだった。
気づいてしまった。
だって、私が死んで、消太くんも死ぬなら、きっと、あの海に沈んだ時のように、私が殺したんだ。
消太くんはどの過去でも私を抱いて沈んでくれる。
私は、どの過去でも、消太くんを、殺すの……?
「でも、起こらなかった過去の話だ。回避したんだ。お前が、お前を思う全ての人が、未来を変えたんだ」
ぎゅ、と壊れそうなほど強く抱きしめられて、私はその腕に縋った。
「過去は過去だ。死んだほうがよかったなんて、言うなよ……せっかく帰ってきたんだろーが……A組の連中に、顔向できんのかよ……」
光が差したような気がした。
「できない……」
あの時見た光が、何よりも眩しいあの光が、こびりつく過去を焼いて行くようだった。
「今お前は、幸せじゃねぇのかよ!!」
幸せだよ、幸せすぎる。
勿体無いくらいに。
この身に余るほど。
私の全てを捧げて余りある、恩と、罪。
私が生きているのは、この世に生んでくれたお母さんのおかげ、守ってくれたお父さんのおかげ、側にいてくれた消太くんのおかげ、私に心をくれたA組みんなのおかげ、そして助けてくれた、ひざしくんのおかげ。
もう二度と、この手を離したらダメだ。
私を、殺しちゃダメだ。
「幸せだよ……!」
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