Walk.27



「敵の心を吸いすぎるな」

天喰先輩の助けになればと思ったのだが、消太くんに止められた。
確かに玄関付近で吸い取った黒い心を卵に投げているが、いまだに消化出来ずにいる。
けれどどうして気づいたのだろう。
落ちた分階段を登り、走っていると再び嫌な心が近づいてくるのを感じた。

「入中がまた来ます!!」
「チッ!イレイザー!」
「本体が見えていない!」

奇妙な気配だ。
心がいびつに歪められている気がする。
これがブーストの代償の一つだろうか。
ただ、そのおかげで気配が分かりやすい。

「狙いはイレイザーです!」

隣の消太くんを白い心で包み込もうとした瞬間、ファット に庇われた。

「ファット!すまない!!」
「気にすんな!」
「あれ切島!?」

廊下が変形して、飛び込んできたファットと切島を飲み込んで壁へと送ってしまった。
押し潰そうとしたんじゃなくて、分断しようとしたのか!
私と消太くんを庇おうとしたのか、ファットと同じタイミングで飛び込んできた切島が、ファットの魅惑のボディに沈んだのが見えたけれど、大丈夫だろうか。

「き、切島が沈んだ!」
「ファットと一緒なら大丈夫だ。それより入中の気配辿れるか?」

切島は大丈夫だと自分に言い聞かせて、消太くんの言葉に曖昧に頷く。

「なんとなく、は。でも正確な位置は分からない。何となくこっちにいそうだなってだけ」

また走り出そうとした瞬間、地面がうねり出した。
しかも、今度はあからさまに押し潰そうとして来ている。
本体を見つけ出す前に潰される!

「ロックロック!」
「リーダーぶるない!元はと言えばこの窮地、あんたの責任だろ!?」

ロックロックが壁に手を当ててぐるりと回すと、その周囲の壁の動きが止まった。
すごい、あの人口うるさいだけの人じゃなかったんだ。
心が見えるとは言え、爆豪とも違うベクトルに粗暴な言動はあまり好きではなかったが、少し見直した。

「正面!」
「SMASH!」

迫り来る壁は、緑谷が砕くが、アタッカー一人ではいずれ限界が来る。
どうする、私の個性は盾にはなれど矛としての力は弱い。
緑谷が消耗したら、次はどうする。
ふと、入中の気配が上へと引いた。
それと同時に、うねっていた壁が開け、広間のようなところに出た。

「え、なに……?」
「開いた!?」

ハッと再び迫る気配に反応して、消太くんが緑谷と私を抱えて飛び退いた。

「ごめん!」
「すみません!」
「気にするな。警戒しろ」

消太くんは私たちを下ろして捕縛布に手をかけた。
分断されたか。
しかしロックロックとナイトアイの声が聞こえる。
そう分厚い壁ではない。
壁の向こうから、ロックロックのくぐもった声が聞こえた。

「ロック!どうした!」
「どいてください!イレイザー!」

緑谷がロックロックの声がする壁を蹴り破った。
その先にはロックロックが二人……片方は脇腹から血を流して倒れている。
ん!?

「ニセモノが急に現れて襲ってきやがった!気をつけろ、新手だ!まだどこかに!!」

ああ、そういうこと。
髪をぐしゃりとかき混ぜて、息を吐き出す。
ああ、もう。
笑いが抑えきれない。

「あは、あはは!相性悪いよなぁ!私とあんたじゃ!!」

私の友達を傷つけた奴。
私の大切な人たちを傷つける奴。
怒りが跳ね上がって指先が赤く染まる。
それを覆い隠すように黒色を纏ってロックロックもといトガヒミコに手を伸ばした。
すんでのところでかわされ、トガはどろりとロックロックの姿を崩して現れた。

「ふふ、凄いなぁコトハちゃん、なんで分かったんだろ」
「トガヒミコ!?」
「そうだよ!トガです!覚えててくれた!!嬉しい!嬉しいなァ出久くん!!」

私を足蹴にしてトガは緑谷の方へとナイフを振りかぶった。
私の前で、二度とこいつに好き勝手させない。
一歩踏み込みかけた時、消太くんの捕縛布がトガの体を捕らえた。
さすが!
その瞬間、トガから殺気が立ち上った。
振り返りざま、体を捕らえている捕縛布を掴んで消太くんの方へと飛び上がり、ナイフを──。
殺気に反応した私の本能が、消太くんに潜ませた影を即座に動かした。
黒い大蛇だ。
消太くんの背中から唐突に表れた憎悪の塊は、トガに食らいつくとそのまま壁へと叩きつけた。

「お、お前、お前!!消太くんを刺そうとしたな!!」

消太くんからずり出た大蛇は私の憎悪に応えるようにトガをその口にくわえたまま壁に何度も叩きつける。
が、次の瞬間掻き消えた。
それと同時に、私の体に這っていた黒い影も消える。
消された。

「ハーティ!しっかりしろ!!」

無傷の消太くんに胸ぐらをつかまれながら、ハッ、ハッ、と上がった息を整える。
無傷、無傷だ。
今度は守れた。
左腕にかかるシルバーに触れて、心を静めた。
まだ、怒らなくていい。
まだ。

「久地楽さん!だ、大丈夫!?」

緑谷も、無傷だ。
よかった。

「あ、あいつは……?」

蛇がいたところを見遣るが、そこにトガの姿はなかった。

「壁の向こうだ。ハーティ、俺を見ろ。大丈夫か?理性はあるか?」

消太くんは私の肩を掴んで畳み掛けるように問うた。
ゴーグルを外した黒い瞳と目が合う。
探るような視線に微笑んで頷く。

「いま、なにがしたい?」
「……エリちゃんの、救出」
「よし」

消太くんは一度強く私の背を叩くと、緑谷を促してロックロックの手当てに向かった。
理性は、あったと思う。
私の深淵たる本能が、消太くんに隠していた蛇を動かしたけれど、呑まれた訳ではなく、あくまで理性的にそれを黙認した。
守るために。



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