Walk.45




「コトハおねえさん」

エリちゃんは心なしか嬉しそうに顔を上げてくれた。

「ご!ごめん!メッセージ気づかなくて、遅れた!」
「もー遅いよ久地楽さん!ほとんど見回っちゃったんだぜ!」
「うわ!まじですか!一緒にまわりたかったー!」

エリちゃんはたた、と走り寄ってきてくれると、私の手をそっと握った。
ん、かんわいい……!
今日で随分と心が上向いたようで、学祭を楽しみにしている気持ちが伝わってきた。
よかった。

「緑谷は?」

消太くんは姿の見えない緑谷を探すように食堂を見回した。

「練習があるからって戻っちゃいました」
「おねえさんも戻っちゃう?」
「まだ戻らないよー」

よかった、と手を握ってくれるエリちゃんが可愛くてにこにこが漏れ出す。
緑谷がいなくなっちゃって寂しかったのかな?
可愛いやつめ。

「準備見て回ってどうだった?まだ面白いものはあんまり無かったかな?」
「ワクワクさんになった……」
「わっ、ワクワクさんかぁ!エリちゃんがワクワクさんだと私も嬉しいなぁ……」

小さなワクワクさんをそっと抱きしめて頭を撫でた。
ああ、心が。

「コトハおねえさんも、デクさんと踊るの?」
「うん!おっきい音が出るからちょっとびっくりするかもだけど、絶対楽しいから通形先輩に連れてきてもらってね!」
「うん……!」

はわわわ、可愛い。
なんでこんな可愛いんだ。
あー私も学祭準備見て回りたかったなぁ。
エリちゃんをよしよしなでなでしながら、私もエリちゃんをワクワクさんにさせたいなぁ、とぼんやり考える。

「あーあー、私もエリちゃんとなんかしたいよー」
「うーん、一通り見て回っちゃったしなぁ。あと見てないところは……」
「おい、エリちゃんの体力的にもあんまり無理はさせるな。遅れたお前が悪いんだから」
「分かってるよ……あ!相澤先生!今日パワーローダー先生がバルーンをテストであげるって言ってましたよね!それ、エリちゃんにも手伝ってもらいませんか!?」
「……そんなこと言ってたか?」
「言ってた!ちょっと待ってて!」

今朝、教師寮のキッチンで学祭楽しみですねーという話をしたのだ。
その場に消太くんもいたけどこの様子だと半分寝ていたのだろう。爆速でパワーローダー先生に連絡をとってアポを取り付けた。
ちょうど試験飛行をするところだったらしく、待ってるからおいでと言われた。

「アポ取った!通形先輩、エリちゃん!行こ!」
「早すぎかよ!なんの話か分からないけど楽しそうだね!行こうぜエリちゃん!」
「うん……」


******


丹念に練り込んだ心で形作る。
今回は乗客が私だけじゃないからいつもより念入りに強度重視で鯨を作った。

「よし、エリちゃん、乗っていいよ」

鯨の形を少し崩して階段を作ってあげれば、通形先輩と手を繋ぎながら恐る恐る登ってきた。
ん、かわいい。

「クジラさん、重くない……?」
「重くないよ。エリちゃん高いところ怖いかな?」
「わからない……でも、デクさんと空飛んだ時は怖くなかった……」

デクさんと空飛んだの?
初耳でびっくりだよお姉さん。
でもまあ、なら大丈夫かな。
消太くんも乗ったのを確認して、ワイヤーを持って鯨を空に泳がせる。
ゆっくりと浮上していく鯨の背で、エリちゃんは通形先輩の手を握って、準備中の雄英を見下ろした。

「たかい……」
「高いねー!あ、見て!デクくんだよ!あはは、ダンスの練習してるみたいだ!」
「デクさん」

おーいと手を振る通形先輩をみて、エリちゃんも真似をするように緑谷に手を振った。
上昇速度を少しだけ抑えて緑谷が見やすいように角度を調節した。
気付くかな?
消太くんが端末を操作した直後、緑谷は自分の端末を見て、すぐに私たちを仰ぎ見た。
あ、文明の利器。

「気づいた!」
「デクさん……」

声は届かないが、手を振りかえしてもらって嬉しそうだ。
ふふ、可愛いなぁ。

「さてエリちゃん、文化祭には装飾が欠かせないんだけど、飾りをつけるのを手伝ってくれないかな?」
「かざり……?」
「そう、この大きい建物の上に、このワイヤーをかけないといけないんだ」

握っていた装飾用ワイヤーを鯨に固定して下のサポート科の人に手を振る。
バルーンにヘリウムを入れてくれているので、もうそろそろ浮き上がるはずだ。

「でもねー、私は鯨を操縦するから手を離せないし、相澤先生は高いところ苦手だから動けないし、通形先輩とエリちゃんにしかお願いできないんだ」

ね、と消太くんを見れば、棒読みで高いところ怖いと頷いた。
うわ、こっちも可愛い。

「エリちゃん、俺も手伝うから、一緒に頑張ってみようか?」
「うん……おてつだい、したい……」

私も通形先輩もエリちゃんの言葉に視線を合わせて、笑って頷いた。

「久地楽さん、さっそく何をすればいいかな!?」
「これ、13号バルーンの位置を安定させるためのワイヤーなんで、これを校舎側のフックにかける作業をお願いします」
「なるほどね!了解だよ!」
「鯨を校舎に近づけますね。あと、念のため安全ロープも」

黒い触手を二人の腰に巻き付ける。
消太くんは一瞬反応したけれど、この黒は私がちゃんとコントロールしているから大丈夫だよ。

「よし、エリちゃん!俺が支えておくから、これをあの輪っかにかけられるかな?」
「うん……!」

通形先輩に抱えられたエリちゃんが、バルーンと校舎をつなぐワイヤーに小さな手を伸ばした。
あ、少しカラビナが硬いかな。
もしかしたらエリちゃんの力ではかからないかな、と思ったが、すぐにカチンとフックにかかった音がした。
おお、よかった!
それと同時に、13号先生を模したバルーンが浮上してくる。

「よくかけれたね!さあ、来たぜ、エリちゃん!あの風船が風に流されなければ成功だよ!」
「ちょっと離れますねー」

空飛ぶ鯨を動かしてバルーンに風を与える。
いまエリちゃんがつけてくれたのは、もしバルーンに穴が空いて落下しても、直下ではなく、ワイヤーで校舎側に引き寄せられるようにする、いわば安全ベルトのようなものだ。
確認のために下のパワーローダー先生を見てみれば、サムズアップしていた。
うん、良さそう。

「エリちゃん、通形先輩!オッケーです!」
「カンペキだよエリちゃん!これで文化祭も華やかになる!」
「はなやか……私も、お手伝い、できた……?」

大きく頷く通形先輩に、エリちゃんは少しだけ俯いて、けれど嬉しそうに、握られたその手をきゅ、と握り返した。

「よく思いついたな」
「うん、ちょっとでも参加してる方が、きっと本番はもっと楽しめると思うから」

消太くんは私の隣に立って、楽しそうなエリちゃんに目を細めた。
悲しかったことも、辛かったことも、いつか楽しい気持ちで塗り替えていければいい。
だから楽しいことを、たくさんしよう。
エリちゃんは抱き上げた通形先輩の腕の中から、遥か下で作業中の活気ある雄英生たちを見つめた。
わいわいと楽しそうに作業をする高校生の姿が、エリちゃんにはきっと眩しく映っているのだろう。

「みんな、ワクワクさんなんだ……」



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