Walk.49



「お、お茶子ちゃんが吐きそう!?」
「だ、だいじょぶ……おぇっ……」
「いやいやいやいや!ダメそうだよ!片付けは手足りてるし休んでなって」
「だいじょぶ……」

ゾンビ化したまま氷を運ぶお茶子ちゃんをハラハラと見守っていると、どこからか名前を呼ばれた。
誰だろうと振り向くと、足元に小さな衝撃がきた。

「おねえさん!」
「エリちゃん!」
「すごかった!楽しかった!キラキラでふわふわで!」

ぼふ、ぼふ、と音を立てて白い光が私とエリちゃんから漏れ出していく。
よかった、楽しんでくれて、本当によかった!
エリちゃんを抱き上げて、溢れ出る白い光を受け止めた。

「ありがとう、エリちゃん……楽しんでくれて、ありがとう……!」

エリちゃんは一瞬虚をつかれたような顔をして、けれど私がエリちゃんが喜んでいることを、喜んでいると知ると、また楽しそうに破顔した。
エリちゃんの後ろからついてきていた通形先輩と目が合い、よかった、と頷きあう。

「あ、緑谷くん!おつかれ!」
「デクさん!」
「エリちゃん!通形先輩!」
「あのね!最初は大きな音でこわくって、でもダンスでピョンピョンなってね!」

エリちゃんを抱き上げたまま緑谷のそばまで歩いていくと、先ほど私にして見せたように全身を使って楽しいを表現した。
嬉しくて、嬉しくて、私も緑谷も少しだけ目が潤んだ。

「楽しんでくれて、よかった」

涙を拭って下手くそに微笑んだ緑谷に、エリちゃんも微笑みを返した。
白い心が、エリちゃんから伝わってくる。
もうエリちゃんを縛る影はない。
たくさんの人が、エリちゃんの幸せな未来を望み、そしてエリちゃん自身で、今を掴み取った。
通形先輩のマントを掴んだ時、未来に立ち向かう勇気を、きっと授かったのだろう。
強い子だ。

「久地楽さん」

通形先輩の声に振り向けば、ちょっとだけ乱暴に私の眦に浮かんだ涙を拭われた。

「まだ始まったばっかりだぜ!」

そうだ。
文化祭も、エリちゃんの未来も、まだ、始まったばかり。
これからもっと楽しいことがある。

「はい!」


******


波動先輩綺麗だったな。
緑谷と通形先輩の間で楽しそうに歩くエリちゃんを眺めながら、その少し後ろを消太くんの隣に並んで歩く。

「あっ!」

ちょうどC組のお化け屋敷前に差し掛かったところで大きめの声が出てしまった。
くるりと振り返った3人と消太くんに大きな声を出してごめん、と苦笑する。

「相澤先生一緒に行かない?」
「いや、俺は引率が……」

ちら、とエリちゃんを振り返る消太くんに、それもそうだ、と私は一旦離れようかと思ったが、エリちゃんが私の傍に駆けてきて手を握った。

「こわいところ?」
「あー、うーん、どうだろう。ちょっと怖くてびっくりするところ、かな?」
「コトハおねえさん行くの?」
「友達がお化け役やるから見に行きたいなーって思ってたんだ。後ですぐ追いつくから行ってきていいかな?」
「わ、わたしも、いきたい……」

おっ。
エリちゃんがそんなことを言ってくれるなんて。
握った手からエリちゃんのちょっと怖いけど興味のある心が顔を覗かせているのを感じて微笑んだ。
私が行きたいって言ったから、興味を持ってくれたんだね。
小さな体を抱き上げて、白い心で包み込む。

「ってことで、先生も行きましょ」
「エリちゃん、怖くなったら無理しなくていいからね」
「は、はい」

そんな怖いのだろうか、とエリちゃんの不安が少し大きくなる。
ぎゅ、と私の服を掴むエリちゃんに大丈夫だよ、と纏った心で伝えながら、消太くんを睨む。
私の視線を受けて、消太くんは肩をすくめた。
こら、現役ヒーロー。

「大丈夫だよ。私も先生もお化けよりずっとずっと強いんだから」

通形先輩と緑谷は外で待っているかと思ったけれど、2人も入るようだ。
懐中電灯を持って、中に足を踏み入れると、中々素人とは思えないクオリティの高さだった。
お化け屋敷って入った事なかったけどこんな感じなんだ。
よく作られているなぁと感心しながらまるで美術館のように見ていれば楽しみ方が違う、と消太くんにツッコまれた。
ううん、でも私は個性のせいかどこに人がいるのかもなんとなく分かってしまうしなぁ。
通形先輩たちの悲鳴を背後に聞きながら、エリちゃんに怖くないかな、と聞いてみた。

「おねえさんと一緒だと、こわくない」
「そっかぁ」

ほっこりして思わず頬を緩めると、ポタポタ、と前方に血糊が落ちる音がした。
下は真新しい段ボール。
きっと毎回取り替えているのだろう。
床に水溜まりができて転びでもしたら大変だしなぁ、と製作者の工夫に感心していると、天井からお化けが飛び出てきた。
お化けっていうか、コンセプトは死体なのかな?

「オレヲココカラツレダシテクレ……」
「あっ!心操くんだ!見てエリちゃん、おねえさんのお友達だよ!」
「怪我してる……?」
「そういうメイクだから大丈夫」

消太くんの言葉にエリちゃんは頷き、握りしめていた私の服をそっと緩めた。
可愛い。
心操くん頑張ってるなぁ、とにこにこしていれば、目の前でぶらりと上体を投げ出す心操くんが短くため息をついた。

「……久地楽さん、お化け屋敷向いてないよ」
「えっ」
「はい、後ろ詰まるから早く行って」
「あ、はーい」

後ろの緑谷たちが既に現れているお化け心操くんを見て、「あ、心操くんだ」というのを聞きながら先に進んだ。
色々ドッキリポイントはあったものの、私の腕の中にいたからか、エリちゃんはそれほど怖がる様子もなく出口まで辿り着いた。

「あー、面白かった!」
「感想が違う」
「エリちゃんどうだった?怖かったかな?」
「ドキドキした……けど、おねえさんと一緒だったから、怖くなかった」
「そっか、よかった!」

エリちゃんを下ろしてにっこり笑えば、エリちゃんも笑顔を返してくれた。
ふと何やら騒がしい音がして振り返ると、緑谷と通形先輩が悲鳴を上げながら飛び出してきた。

「い、いやぁ、油断してたんだよね!」
「文化祭のレベル超えてる……!!」

そんなに怖かっただろうか、とエリちゃんと私は首を傾げたが、戦闘ではあんなに強い二人が恐怖に震えながら飛び出してきたのが面白かったのか、エリちゃんはくす、と笑った。



- 168 -

*前 | 次#

戻る