Walk.63
「ゆうえいの、ふのめん……」
「ぶふっ……!」
物間の登場に怯えたエリちゃんが私と通形先輩の後ろに隠れた。
その様子に堪えきれず吹き出す。
雄英の負の面!
言えてる。
「大丈夫だよ、通形先輩も緑谷もいるからね」
エリちゃんを抱き上げて一応こんにちはをさせると、物間もいつもよりは遥かに柔らかい物腰で挨拶を返してくれた。
まあ、一応ヒーロー志望だしね。
その辺は爆豪より弁えている。
教員寮に入り、エリちゃんを下ろすと、早速だが、と消太くんが物間を振り返る。
「エリちゃん、怖いと思うけど物間と握手してくれるかい?」
「アハハハ!どういう前提ですかイレイザー!!」
笑い方がもう怖いんだよなぁ。
エリちゃんはこくんと頷いて物間に手を差し出す。
うーん可愛い。
物間もエリちゃんをビビらせないようにしゃがんで手を差し出した。
個性のコピー。
物間の額にエリちゃんと同じ角が現れる。
「うーん、スカですね。残念ながらご期待には添えられません、イレイザー」
物間の言葉に、私と消太くんは少なからず落胆する。
そう上手くはいかないか。
緩衝役として呼ばれ、状況が飲み込めていない通形先輩と緑谷に消太くんが物間を呼んだ事情を説明した。
エリちゃんにコントロールの方法を教えてあげられれば、そしてあわよくば、物間の個性で通形先輩を治せたなら。
「ごめんなさい……」
エリちゃんの声にハッとしゃがみ込んで手を握った。
悲しい気持ちを吸い取って、白い心を渡すけれど、根本から湧き上がる黒い心に押し負ける。
これ以上の心の供給は安定性を損なってしまう。
「私のせいで、皆を困らせちゃう……こんな力、なければよかったなぁ……」
「そんなこと言わないで、エリちゃん。その個性はすごい力だよ。もうちょっと大きくなったら、きっとエリちゃんの味方になってくれる」
「うん……」
俯くエリちゃんの前に緑谷がしゃがみ込んだ。
「そう!忘れないで!僕を助けてくれた!」
キラキラと輝く見せかけの白い心に、エリちゃんが顔を上げた。
緑谷自身、おそらく自身の個性と闘っている。
だからその言葉は根拠がなく、不安で、スカスカで、でも、だからこそ自身とエリちゃんを鼓舞するように輝いていた。
素晴らしい力だという緑谷は、エリちゃんを安心させるように自信に満ちた顔で笑う。
緑谷は、すごいなぁ。
私は心をコントロールできるのに。
エリちゃんはつられるように微笑んだ。
「やっぱり、がんばってみる」
******
「エリちゃんお風呂入るよー」
「はーい」
エリちゃんはもう一人でお風呂に入れるけれど、一緒に入った方が楽しいので、時間さえ合えばこうして一緒に入っている。
着替えの服を持ってきたエリちゃんに微笑み、脱衣所を開けた。
お、誰もいないようだ。
女性比率の少ないヒーロー科教員寮のお風呂は比較的タイミングが被らず貸切になることが多い。
けれどこうも広いと一人で入るのも少し寂しくなる。
ミッナイ先生とかたまにいるんだけど。
エリちゃんは棚に置いてあるエリちゃん用のおもちゃを眺めて黄色いそれを手に取った。
「今日はファットガム?」
「うん!」
ファットガム丸くて可愛いな。
例の事件の時に凛々しいファットさんと突入したけれど、改めてこういうグッズを見ると可愛く見えてしまう。
私は使われた形跡のないギャングオルカのおもちゃを撫でて浴室に入った。
子供ウケ悪いシャチョーも好き。
エリちゃんの髪と体を先に洗って浴槽へと解放してあげれば、エリちゃんは早速抱えていたファットさんをお湯に浮かべた。
足の方が重くなっているのか、まんまるながらちゃんと入浴しているように見えるのがこれまた可愛い。
私もさっさと洗ってお風呂に入った。
「ふぃー……落ち着くー」
「コトハお姉さん」
「ん?」
ぴゅー、とあまり勢いのないお湯が私の顔にかかった。
ぱちくりと目を瞬いて一体なんだとそちらを見れば、エリちゃんがドキドキした顔で、少しイタズラっぽく微笑んでいる。
なるほど、ファットガムのお腹を押すと口から水が出る仕組みらしい。
「うわ!やったなエリちゃん!!」
「きゃあ!」
私も個性でギャングオルカの形を作ってエリちゃんにお湯をかけ返した。
エリちゃんは楽しそうに笑い、私の攻撃から逃れるようにファットガムを盾にした。
イタズラしてくれるくらい、元気になったんだね。
嬉しくて私も笑った。
ひとしきり遊んで流石にのぼせそうだとエリちゃんを促してお風呂から上がった。
ほかほかで可愛い。
ファットガムをちゃんとタオルで拭いておもちゃ棚に戻したエリちゃんを撫で回してバスタオルを渡す。
「コトハお姉さん、そこ、いたい?」
「え?」
エリちゃんの視線は私の脇腹にある。
この傷、体育祭で爆豪から一撃もらった時のやつだ。
傷というほどの傷は残っていないが、さすがにまだ数ヶ月前のものなので縫った痕は残っている。
「ううん、もうぜーんぜん痛くないよ」
「そっ、か……」
「怖くなっちゃった?ごめんね」
ちょっと配慮が足らなかっただろうかとしゃがみ込んでエリちゃんと目を合わせれば、エリちゃんは首を振ってぎゅ、と私の手を握った。
考えている。
私は急かさないようにそっと手を握り返して言葉を待った。
「それも、治せる?」
「え?」
「わたし、がんばったら……コトハお姉さんのそこも、治せる、かな……?」
なんて優しい子だろう。
私はエリちゃんの額に自分の額を寄せて心を渡した。
ありがとうと、希望をのせて。
「うん、きっと」
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