Step.21
それは、突然だった。
午前の座学が終わり、個性把握テストを行っている最中、普段であれば授業中を避けるだろう放送が鳴った。
『授業中失礼いたします。ヒーロー科1年、久地楽コトハさん、荷物を持って至急職員室に来てください。続いて連絡いたします。相澤先生、内線7番にお電話です。繰り返します、ヒーロー科――』
消太くんの名前と合わせて呼ばれ、何かあったのかと心臓が嫌に脈打った。
「ブラド先生……」
「よし、行ってこい」
ちょうど100m走のスタートラインについたところだったが、私は反対方向に走りだした。
何だろう。
なんだか、嫌な感じがする。
「大丈夫だよコトハ、私たちがついてる」
「うん、ありがとう、黒」
体操着から制服に手早く着替えて一度教室に戻って荷物を取り、職員室へと向かう。
すごく、すごくいやな色が、職員室で渦巻いていて、右手を握り閉めた。
職員室の前で、その色に臆し、右手に爪が食い込んでいく。
何だろう。
消太くんに何か迷惑のかかることだろうか。
この色は、すごく嫌だ。
「コトハ!!」
「おねえちゃん!」
黒と白に叱咤されて、ハッと意識を取り戻す。
白に右手を開かれると、強張っていた筋肉がゆっくりとほぐれていくような感じがした。
本当は入りたくなかったけれど、仕方なく職員室の戸を開けた。
「1−Bの久地楽です。失礼します」
職員室に入ると、人を視線だけで殺しそうなほど凶悪な目つきをした消太くんがいた。
こっわ!?
正直一人だけ平常運転な感じがして逆に落ち着いた。
「久地楽コトハさんですね」
消太くんの正面に立っていた男の1人が私を振り返って優しそうに微笑んだ。
他の人たちはムキムキにサングラスのいかにもといった感じの人たちなのに、彼だけがひょろりと細身の長身で、少しばかり異質だった。
「個性管理課の国本といいます。雄英ヒーロー科ご入学おめでとうございます。定期観察のために参りました。ご同行いただけますね?」
笑顔の奥に有無を言わさぬ強い力を感じて戸惑いつつ、消太くんを窺い見た。
消太くんは不承不承といった様子で頷く。
「心配しなくても大丈夫ですよ。少し大仰ですが、ただの定期健診だと思っていただければいいので」
国本とサングラスの巨漢たちに囲まれて、身長的にだいぶ威圧された私は助けを求めるように消太くんの側に駆け寄った。
「行くか」
「うん……」
消太くんに促されて職員室を出ると、私のペンケースが突然床に落ちた。
え、と思ったが、ひとまず散らばったペンやらハサミやらを拾おうとしゃがみ込むと、消太くんが「悪い、ぶつかったな」と何でもないように嘘をついて拾うのを手伝ってくれた。
「合図したらトイレに行け」
ペンを拾いながら私にすらギリギリ聞こえるだけの声で消太くんが囁いた。
よく、分からないけど、消太くんがそういうなら。
「おっけー、手伝ってくれてありがと、消太くん」
「いや。これで全部か?」
「うん」
ペンケースを鞄の中にしまって、今度こそ国本さんたちの後を追った。
******
オールマイトの授業が終わり、体操着から着替えている間も、先程の放送が気になっていた。
コトハが雄英にいると知って、あいつの気持ちも考えずに酷いことを言った自覚はある。
だが、あいつがここにいていい訳がない。
ヒーロー科は危険だ。
ましてやB組だなんて。
俺があいつを守るヒーローになるためには、まだ力が足りない。
今の俺じゃあ、コトハを守れない。
くそ、と頭の中で毒づいて、クラスの連中よりも早く更衣室を出た。
少し距離のある本校舎へ向かっていれば、校門のほうへ、黒いスーツを着た体格のいい男たちに囲まれながら歩いていくコトハが見えた。
なんで、と思うより先に、嫌な記憶がフラシュバックして、気づいたら走りだしていた。
連れていかれる。
コトハが、連れていかれる!!
どうしてそう思ったのかは分からない、けれど、誰が見ても異様な光景であるそれは、殊更俺の目には、恐怖にも近い光景に映った。
「コトハ!!」
俺の声が届いたのか、コトハがパッと振り返った。
そして、酷く傷ついたような顔をする。
どうして。
「そいつを、どこにつれていくつもりだ」
まだ距離はあったが、右足を大きく踏み込んで、氷を出した。
進路を阻むように氷を――。
ぴたりと、氷の創出がとまり、左の熱も使えないことに目を見開いた。
なんだ。
「轟、心配しなくても連行されてるわけじゃない」
声にハッと目を向けると、担任の姿がそこに在った。
俺の個性を消したのか。
「し、焦凍くん、大丈夫、わたしは」
大丈夫じゃねぇだろ、そんなビビって。
コトハは俺と目を合わせようとせずに言葉だけを吐いて俯いた。
その瞬間、気づいてしまった。
なんで、俺に、怯えて……。
「落ち着いて、コトハ。ほら、車乗ろう」
コトハの体から黒いアイツが現れて、コトハを車の方へと促した。
「おねえちゃんだめだよ」
白い、小さいコトハがいつの間にか現れてコトハの手を握って引き留める。
きっ、と睨み上げるような強い瞳に、俺も思いだす。
「じぶんが、そんなにかわいいの?」
子供にしては、随分と大人びた声で、ただ舌っ足らずに言った。
「じぶんを なげいて、あわれんでるだけじゃ、なにも かわらないよ」
アンバランスさに、白いコトハが一瞬中学の頃の制服を着ているコトハのように幻視した。
コトハは、白いコトハに握られている右手をぎゅ、と握り返し、俺を振り返った。
だから、なんでそんな目をするんだ。
なぜ俺に怯える……?
俺は、いつからお前の――。
「焦凍くん」
はっと息をのむ。
目が、変わった。
怯えるでもない、かといって、以前のように気を許した優しい笑顔でもない。
かつて、花のように綺麗だと思った幼馴染は、今はまるで、研ぎ澄まされた刃なようで、それでもなお美しい光を放っていた。
「焦凍くん、前に言ったよね、自分に絶望したくないって。私も、そうだよ」
白いコトハの手から離れて白と黒よりも、黒服の男たちよりも、相澤先生よりも一歩こちらに踏み込んで、しゃんと背筋を伸ばした。
「私はヒーローになるよ。例え焦凍くんが良く思わなくても、それが……私の夢だから」
守りたいと、守らなければと思っていた幼馴染は、たった数年見ないだけで、守られる側から守る側へと変わろうとしていた。
俺だけが、過去に取り残されたように、弱いコトハを守り続けている。
コトハを守れなかった記憶が、トラウマのごとく、いっそ呪いとでも言うべき鋭利な杭でその場に立ち止まらせている。
左が、ずくりと痛んだような気がして、火傷の後を手で覆った。
「もう、甘ったれのコトハじゃないよ」
置いていかれた。
いや、俺がいつまでも立ち止まっていた。
記憶の中よりも伸びた髪が、開いた身長差が、そして顔つきが、時間は進んだと俺にがなりかけてくる。
そうだ、そうだった。
いつだってそうだった。
個性は俺のほうが強い。
だが本質的に、ヒーローに向いているのはコトハだ。
人の心を動かすことに長けているのだから。
結局俺は、自己中心的なトラウマに足を取られて、幼いコトハの幻影を抱いて守っていただけだ。
「悪かった……」
そう言うのがやっとだった。
俺はまだ、前に進めない。
踵を返してしっかりと歩いていくコトハを見ることはできず、うつむいた。
左が、痛い。
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