Step.22



国本に案内された部屋は、窓も装飾もなく、まるで四角い箱にテーブルとソファ、テレビだけが置かれたように生活感がなかった。

「コトハさんの個性は承知しておりますので、どうぞ気を病むことなくお過ごしくださいね。必要なものがあれば揃えますから」

国本がテレビの電源を入れて、真っ白なDVDをプレイヤーに入れた。
まだ準備が整うまで時間があるから、テレビでも見ていろというわけらしい。
なんでDVDなのか聞くと、上からそういう風に言われていまして、とどことなく社畜の片鱗が見えた。

「あ、ひざしくんだ!」
「かなり前のやつだな」

ヒーローの活躍をまとめたDVDらしく、そこそこ楽しい。
ヒーローなのかヴィランなのか分からない見た目の人もいて、なかなか勉強になる。
人は見た目じゃないね。
DVDを楽しんでいると消太くんがトントン、とかすかに腕を叩いた。
これが合図か、と消太くんをちらりと見れば彼は目で頷く。
んー、と軽く伸びをして立ちあがる。

「どうした?」
「トイレ行きたいんだけど、いいかな?」
「お手洗いでしたら、僕が案内します」

ずっとドアの横に立っていた国本が微笑んでドアを開いた。
外にいた屈強そうな男と、ドアの番を交代して私と横並びに歩きだした。

「前を向いたまま聞いて下さい。返事は結構です」

白い廊下を歩きながら、視界の端で口も動かさずに国本が言った。
腹話術ってやつだすごい。

「ここには監視カメラがありますが、私の個性で音は聞こえないようにしてあります。相澤さんから貴方は黒いコトハさんと分離できると聞いています。黒いコトハさんの意識を、どのようにしてか私に同行していただくことは可能でしょうか。可能であれば咳をしてください」

どうなんだろ。

『出来るよ。小さい蛇にしてあの人の袖口にでも潜めばいいんでしょ?』
「けほっ」

ちらりとこちらを見た国本は、営業マンのような笑顔を張りつけて気遣うような言葉を吐いた。
私の知らない水面下で大人たちの策略が交錯しているのを感じて、目の前の国本の笑顔が少し気持ち悪いもののように見えてしまう。
それでも、恐らく消太くんが一枚噛んでいるというのであれば、私はそれを信じる他ない。

「着きましたよ、遠くてすみませんね」
「あ、いえ……」

入ったトイレはすごく綺麗だった。
税金をだいぶ無駄に使って作られただろうトイレの個室に入り、詰めていた息を吐き出した。

「個室にはカメラがありませんので、何か聞きたいことがあれば今お伺いします」

国本の声がトイレの外から少しくぐもって聞こえた。
聞きたいこと、は沢山あるけれど時間がない。
なら、私にとって一番大切なことを。

「私の個性のせいで、消太くんに迷惑がかかってるんですか」

一拍おいて、国本が答えた。

「貴方は何も悪くありませんよ。我々が、個性管理課が全ての元凶です」

どことなく怒りを孕んだ声に口をつぐむ。
私を慰めるでもなく、この人は本当にそう思って、そしてそれを誰より嫌悪しているのか。
そして今度は取り繕うように明るく、今度こそ私を慰める言葉を紡いだ。

「僕も相澤さんも、貴方がヒーローになる姿を見たいだけです。そのために必要のない障害は、僕たち大人が責任を持って取り除く。迷惑をかけているだなんて思わないでくださいね」

育まれている感覚に、すとんと腑に落ちた。
ずっと昔、両親が健在だった頃に味わった感覚が、今更ながらに戻ってくる。
それと同時に、私がいうべき言葉も。

「ありがとう、ございます」

一瞬、吹き出すような笑い声が聞こえたかと思うと、誤魔化すように咳が聞こえた。
な、なんで笑うの!?
トイレから出れば、未だ少し顔が緩んでいる国本がいて、本心から不審な目を向けた。

「す、すみません」
「いえ……」
「戻りましょうか」

国本は私の頭を撫でようと手を伸ばして、寸前で思いとどまったのか手を下ろした。
仕方がないので、私はその手を取って「撫でていいですよ」と頭の上に乗せた。
監視カメラから見えない位置から黒が蛇になって国本の袖口に入り込む。
国本は表情を変えないまま、ぴくりと手だけで反応し、笑顔を再び営業スマイルのような胡散臭いそれに変質させた。
あまり好きではないけれど、それが彼のスイッチだというのなら今はそれが正しいのだろう。

「ありがとう」

部屋に戻るとすぐに国本の携帯が鳴り、消太くんと部屋を出ていった。
残された私は、先程よりもずっと味気なく感じるヒーローたちの活躍をぼんやりと眺めた。
消太くんは、イレイザーヘッドはいないのだろうか。
安っぽいDVDケースは空っぽで、DVDのチャプターも何もなかった。
1. 5倍速で鷹揚に見ていた映像はどことなく、非現実的で、気持ち悪い。

『あっはっははは!!』

眠りに落ちそうなほどぼんやりとしていた思考がパッと戻った。
なんだこれ。
ヒーローも、ヴィランも笑ってる。
皆、笑ってる。
ちょっと異様だけど、すごく、羨ましい。
私もそんな個性だったら。
白い犬をぽんと出して、頬を引っ張って笑顔にする。
うわ、ぶさいく。
犬は迷惑そうな顔をした。

「ぶふっ、ご、ごめん」

犬を消して、抱き枕代わりに羊を出す。
ドアのところに立つサングラスの男にテレビを指した。

「あの、このヒーローが出てるDVDってまだ見れますか?」
「Ms.ジョークですね。ご用意します」
「Ms.ジョーク……」

何のテロップも何もあるわけでは無いからそこで初めてヒーローの名を知った。
そうだ、かの有名なヒーローも笑ってる。
羊の顔を掴んで頬を伸ばそうとしてやめた。
こいつ、案外怖い顔してる。
ってか、ほっぺに肉がない。

「かわいくない」

迷惑そうな顔をした羊はぽふ、と空気が抜けるような音がしてデフォルメされたかわいい羊に代わった。
躊躇いなく頬を引っ張り、笑顔にする。

「ぶふっ!か、かわいくない!」

羊は物凄く迷惑そうな顔をした。


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