Step.30
「ひっ……!!」
やばい。
やばいやばいやばい。
割れそうに警鐘を鳴らす頭と心を落ち着ける術も分からず、酷い痛みに自身の体を抱きしめた。
「久地楽!?どうした!!」
「ビビってんなら邪魔だ!!下がってろモブ女!!」
切島と爆豪が私の前に出てヴィランを悉く倒していく。
ああ、ああ、もう。
ぎり、と歯を食いしばれば、黒と白が私の中で何かを叫んでいるのが聞こえる。
けれどそれ以上に鳴り響く警鐘にかき消されて何も聞こえない。
「爆豪、ちょい頼む!!」
切島はそう言うと前線からすぐに私のもとにかけてきた。
どこかに酷い怪我を負ったのかと髪で隠れた首や、私のヒーロースーツのマントをめくって確認する切島に、違うのだと首を振る。
「みんなと合流して13号先生の援護に行って」
呼吸が整わない。
消太くんの心に忍ばせた蛇が、宿主の危機を察して絶えず私に信号を送ってきてる。
いつかのような黒い感情が、黒の手に余るほど溢れだし、あのワープゲートの奴がもたらした黒よりもずっと悍ましい色の靄が溢れだす。
「私は広場に、行くから」
努めて冷静に、とにかく2人にこの感情をぶつけたところで意味がないのだと言い聞かせて、飛んだ。
黒い大鷲が足元に現れて、既に割れていた窓から飛び出した。
蛇からの信号はやまない。
それどころか徐々に大きくなっている。
『コトハ!いつの間に蛇なんか……いや、違う、止まって!』
『おねえちゃんおちついて!!』
ぐり、と右手で左腕に爪を立てた。
何故そうしたのかは分からない。
しかし皮膚がはがれるその痛みが、黒と白を押さえつけた。
「黙って私に従ってよ!!」
パンパンになった水風船が放出を求めるように、破裂を求めるように私の感情の箍も、外れかけている。
全身が軋んだ。
消太くんは大丈夫だなんて、どうして思ったんだ。
力になれるなら、その場で隣に並び立つべきだった。
消太くんは最強じゃない。
鷲は一層速度を増して広場上空に躍り出る。
「あ、あぁ、おにぃ、ちゃん……?」
嫌だそんな。
嘘だ。
消太くんが血まみれで横たわっている。
腕は脳無と呼ばれた改人につかまれてあらぬ方向へと曲がり、その体自体は巨体の下敷きにされ、身動きが取れない。
視界から脳に情報を入れて理解するまで時間がかかり、その間にお父さんの姿を思い出した。
血まみれで私と母を庇い、そして息絶えた。
「だめ……お兄ちゃんは、渡せない」
生き物なのか化け物なのか、正しい形を維持しない無数の獣が落下し、それに続いて私も降下した。
獣は着地と同時に脳無の腕に食らいつき、そして数に任せて食いちぎる。
消太くんが、消太くん、消太くんが。
「ぁぁあああああああ!!」
頭が痛い。
感情という感情が、綯い交ぜになって叩きつけられているみたいだ。
全身から黒い何かが溢れ出したのが見えた。
消太くんは何かを言おうと口を開くけれど、私はそれを遮って卵を割った。
白い卵2つで消太くんの体を包み込み、優しく持ち上げる。
白、消太くんを守って。
白鯨<MobyDick>
入試の時よりも小さく、けれどより堅牢な鯨は腹に消太くんを飲み込むと大きく吼えて天井付近までゆっくりと浮上していく。
どうして、消太くんがこんな目に会わなくちゃいけないんだろう。
消太くんがヒーローだから?
雄英の先生だから?
『コトハ……だめ……』
黒の声が聞こえる。
激しい頭痛と無数の声に混ざるそれは、理解するには遠く及ばなかった。
違う。
あいつがいなきゃこんなことにはならなかった。
あいつが、消太くんを傷つけた。
あいつらが。
ヴィランなんかいるから悪い。
そうだ。
「お前らがいなければ!!そうだよ!お前さえいなきゃ!!お前がいるのが悪いんだ!」
「うわ、こっわ。そんなこと言うヒーローがいるかよ?大事な先生が俺に腕壊されて脳無に顔潰されて怒ってんの?俺を殺すつもりなのかよ?ヒーローが?ヒーローの卵にそんなこと出来るのかなぁ?それともお前、実はヴィランなんだ?」
大きな手に遮られた顔からも表情を読み取れるほど、饒舌な男はにんまりと顔を歪めた。
ヴィラン?
何を言っているんだ。
視界が黒に飲まれた。
手から、足から、黒い靄が現れては実体を持って私を中心に黒いサークルを作る。
ふと、足元に転がる消太くんの割れてしまった黄色いゴーグルを拾い上げて、血に染まったそれを抱きしめてから天井を泳ぐ鯨にゴーグルを渡した。
手の中に残ったゴーグルの欠片を左腕に押し付けると、爪を立てて傷ついた左腕に、欠片が肉を裂いて入り込んでいく。
『コトハ……お願いやめて……』
痛いけれどその傷口から力が溢れ出てくるし、それに何より消太くんが傍にいるような気がして欠片が全て腕の中に入るまでやめられなかった。
血と共に傷口からあふれだした黒は、サークルから半球状に、まるで殻を作るかのように触手を伸ばして編み込んでいく。
黒い殻に視界を削られて何も見えなくなるのかと鈍い思考が働くが、黒が全てを覆った瞬間、私と殻が同化するかのように、今度は“全方位”の視界を与えられた。
視野が広がる感覚には、不思議と違和感はなかった。
ヴィラン、そうか。
私はヴィランなのかもしれない。
私怨におぼれ、ヒーローとしてはあるまじき殺意によって突き動かされている。
「それでも……」
『コトハだめ!!!』
黒い無数の手が私を絡めとっては地面に押さえつけようとする。
邪魔、しないでよ、黒。
右手を上げれば、黒の気配がどこか深いところへ沈み込んで、無数の手も消えた。
「それでも、私はお前が憎いんだよ!!」
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