Step.32



「だああ!!」

硬化した腕を、気色の悪い手を体中につけた男に振るう。
おそらく久地楽のものだろう黒い半球は気になるが、今俺がすべきなのは、そう、これだ!!
寸前でかわされたが、深追いせず爆豪たちの傍まで戻る。

「くそっ!いいとこねえ!!」
「スカしてんじゃねえぞ!モヤモブが!!」

爆豪はワープゲートを抑えたらしい。
よっしゃ、有言実行!!男らしいぜ!
オールマイトも敵の手から解放された。
今度は、俺たちの番だぜ。

「コトハ……」
「えっ、轟お前、久地楽と知り合いなのか!?」
「幼馴染だ。おそらくあの中にいる」
「マジか!でもまあ、あそこなら安全、なのか……?」

黒い獣がバリアの中から無数に飛び出して、半身が凍り付いた脳無に貪りついた。
そこらにある黒い水たまりからは蛇が触手のようにのたうちまわっている。
何だあれ、気色わりぃ……。

「『怪し動きをした』と俺が判断したらすぐ爆破する!!」
「ヒーローらしからぬ言動……」

爆豪は相変わらずの悪人面で黒霧の首のあたりを抑えた。
俺は苦笑するが、轟はこちらにも、そして敵にも目をくれず、黒いバリアばかりを凝視している。
その顔は、らしくなく、恐怖に染まっていた。
なんだ?あれが久地楽だって言うなら何をそんなに怯える必要があるんだ?
たとえ黒く染まっていようと、あいつは人を傷つけるような奴じゃない。

「轟!久地楽ならきっと大丈夫だ!今は目の前に集中しろ!」
「大丈夫なわけねぇだろ……暴走してんだよ……!」
「久地楽を信じろ!少なくともあいつは仲間に手を出したりしねぇって!」

轟はぐっと歯噛みして俺を睨んできた。

「お前に何が分かる」
「中学は一緒だった!それに、ダチを信じるのが男だろ!」

今は喧嘩してる場合じゃねえぞ、と声をかけて、敵を見据える。
黒い奴らは俺たちに興味など欠片もないように死柄木や脳無に襲い掛かっている。
暴走しているといっても、仲間は認識しているんだ。問題ねぇ。
爆豪が出口を抑えている。
畳み掛けるなら今!!

「お前だって主戦力なんだぜ、しっかりしてくれ!」

轟は無理に黒いバリアから視線をそらし、ああ、と短く答えた。
よし!
再び轟が臨戦態勢を取った時、脳無がオールマイトを捕えていたときの体勢を無理に動かして、凍った半身を割り砕きながら立ち上がってきた。

「体が割れてるのに……動いてる!?」
「みんな下がれ!なんだ!?ショック吸収の個性じゃないのか!?」

脳無の半身が、筋繊維から戻るように、再生した。
失ったはずの半身が、何もなかったかのように、元に戻ってしまった。
うそ、だろ……。
脳無が動いた。
やべえ、と思う間もなく、猛烈な衝撃波が来る。
標的は黒霧を抑えていた―――。

「爆豪!」
「かっちゃん!!」

速すぎ、だろ!!
爆豪を守るために固めた全身も、衝撃波によって吹き飛ばされ、意味をなさない。
このままじゃ!滅茶苦茶飛ばされる!!
右手を硬化させ、地面にブレーキをかけようとした瞬間、ぽすりと何かにぶつかった。
衝撃が止み、閉じていた目を開けば、すぐ背後に黒い巨大な蛇の胴体があった。

「久地楽!助けてくれたのか!さんきゅ――」

俺の体が、鈍く白に光っている。
蛇はぐぐ、と何かに耐えるように口を開けたが、即座に弾けて消えた。
この白、見覚えが――。

「かっちゃん!?」

緑谷の声にハッと我に返って、すぐ傍にいる爆豪を見た。
は!?爆豪!?

「よっ、避けたの!?すごい!!」
「ちげえよ黙れカス」
「んじゃあ、どうやって……」

流れるような罵倒に苦笑を禁じ得ないが、では、だとするなら。
全員が嫌な予感に、脳無が殴った先を見る。
オールマイト……!
爆豪を庇ったのか!

「加減を知らんのか……!!」

両手で防御しているものの、隠しきれないダメージが、確実に入っている。
黒い獣が脳無の体に食らいつくが、動きを止めるほどには遠く及ばない。

「仲間を助けるためだ。仕方ないだろ?さっきだってほらそこの、あー、地味なやつ。あいつが俺に思いっきり殴りかかろうとしたぜ?それにさ―――」

死柄木は、緑谷を指した指を今度は黒いバリアに向けた。

「あいつなんか、俺を殺すって言ったんだぜ?」

久地楽が?
バリアからは確かに凄まじい殺気が練り込まれているのが分かる。
けれど、記憶の中の久地楽が、そんなことを言うやつとは思えなくて、現実との祖語に頭痛がしそうだった。

「コトハ……」
「轟、後にしよう!」
「俺が、守らねぇと……」
「そうだな!」

未だ元の調子に戻り切れていない轟に声をかけて、なんとか持ちなおすように仕向けるが、轟の目には、憎悪が浮かんだ。

「3対5だ……!」
「モヤの弱点はかっちゃんが暴いた!」
「とんでもねぇ奴らだが、俺らでオールマイトのサポートすりゃ……撃退できる!!」

爆豪も轟も、クラスの中では最強に当たる部類だ。
俺と緑谷でサポートすれば、あるいは。

「ダメだ!!逃げなさい!」

オールマイトの声に轟は氷を準備しながら、構えた。

「さっきのは俺がサポートに入らなければ、やばかったでしょう」
「それはそれだ轟少年!ありがとな!しかし大丈夫!プロの本気を見ていなさい!」
「オールマイト、血が……それに時間だって、ぁ……!」

緑谷の言葉に、オールマイトはぐっと親指を立てて答えた。
確かにオールマイトのダメージはデカい。
そう時間をかけていられないだろう。
でも、どうしてだろうか。
その背を見ているだけで、勇気があふれてくる気がする。

「脳無、黒霧、やれ。俺は子供をあしらう」

死柄木が俺らのほうに走ってくる。
やっぱやるっきゃ――。
黒い獅子が俺たちと死柄木の間に割り込み、大きく吠えた。
そして勢いのついたそのまま、死柄木に食らいつく。
獅子を尻目にオールマイトが脳無を迎え撃った瞬間、今までとは比べ物にならない衝撃波が俺たちを襲った。
正面から殴り合い!?
さすがオールマイト!男らしいぜ!!
喜んだのもつかの間、吹き飛ばされないように地面に硬化した右手を突き立てて、ついでに緑谷と爆豪のブレーキ代わりになった。
轟は、と目をやれば氷で足元を凍らせてすぐ近くにいた。
よし!俺らは大丈夫!
やっちまえ、オールマイト!!

「ヒーローとは常にピンチをぶち壊していくもの!」

目にもとまらぬ速さでパンチを繰り返すオールマイトに、脳無は辛うじて応戦するばかりで吸収しきれていない。
超再生すらも間に合わず、脳無の動きが鈍りオールマイトが溜めを作る一瞬の猶予が生まれた。
小さいころ、テレビの向こうに歓喜したあの感動が、あの高揚が、目前で繰り広げられる生々しい光景にも、同じように現れた。
きっと、ヒーロー科の誰もが一度は憧れ、そして、誰もが信じた。
オールマイトという、“平和”の象徴。

「ヴィランよ、こんな言葉を知っているか?」

勝利だ。
その場にいた誰もが確信する。

「更に向こうへ!PLUS ULTRA!!」

一瞬の溜めを以って放たれた渾身の一撃は、脳無を正確に捉え、USJの高い天井を超えて空へと打ち上げた。
まるで勝鬨でもあげるかのように、天井を泳ぐ鯨が穴から見える空を仰いで大きく吼える。
コミックさながらのデタラメな力は、ショック吸収すらないことにしちまった。
これが、プロか……!!
全身が震える。
恐怖でもなく、ただひたすら、強大な力を前に、俺は感動していた。

俺たちの、勝ちだ。



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