Step.34



教師ではある。
しかしその前に俺は、一友人として、二人を探してしまった。
パッと目についた白い鯨と、黒い半球のバリア。
どちらにも見覚えがあった。

「ごめんよ皆。遅くなったね」

遅くなった、本当に!!!
仕事の時はいつでも浮かべている笑みが、今はどう頑張っても出る気がしなかった。

「コトハ!」

天井を泳ぐ鯨に声をかければ、やっとこちらに気づいたのか、その巨体を降下と共に小さくしながら俺のすぐ前に現れた。
鯨から白いコトハが分離し、俺にしがみついてくる。

「おに、おにいぢゃ!しょーたおにいちゃ、たす、て!!!」
「落ち着け、コトハ。消太はどこだ?」

白が鯨を指さすと、鯨の背が開き、中から無数の白い手に傷口を抑えられているイレイザーヘッドが出てきた。
両腕、顔、すさまじい怪我に、ぐっと奥歯を噛みしめる。
こんなになって、生徒を守ったのか。
ヴィランたちを見据える。
冷静になれ。

「ちは、おさえて、あるよ。おねえちゃんは、あっち」

コトハの希望が、そんな不安そうな顔するなよ。
泣き声を堪えながら、白は俺の手を握った。
やはり広場の黒いドームを指すのか。
息を詰め、ゆっくりと瞬きをして、激情を押し込める。
なあ、こんな時、俺をなだめるのはお前だろ、イレイザー。

「よく、頑張ったな」

頭を撫でてやれば、泣き止むどころから更に涙を流し始めた白は、それでもすぐに涙をふいてイレイザーを鯨の中に包み込んで、ぐっと顔を上げた。
強い子だ。

「久地楽さん、イレイザーヘッドと13号を抱えて校門まで走れるかい?」

ブラドの肩から降りた校長は、白と視線を合わせて微笑んだ。
強い瞳で校長を見た白は、一度広場の黒いバリアを不安そうに見てから、俺の裾を握った。
ああ、分かってる。
俺は見上げてきた白に頷きを返す。
逡巡した白は、決意を固めたように13号へ手の平を向けると白い鯨で持ち上げた。

「いけるよ」
「いい子だね。ブラドキング、久地楽さんについていってあげてくれ」
「はい」

ブラドが白を抱き上げて、一瞬俺と視線を交わした。
瞬きでそれに答え、白に手を振る。
大丈夫、本体は任せろ。
二頭の鯨を引き連れて、ブラドが走り出た。
待ってろよ、コトハ。
広場に群がるヴィランどもに、大きく息を吸い込んだ。
鯨が開かれたときに見てしまった、酷く傷ついたイレイザーが脳裏に浮かび、声量が上がる。
近くには生徒もいるんだ、落ち着け。
ハッと、赤髪の生徒が黒いバリアに拳を打ち付けているのを見つけ、走りだしそうになるのを、校長に止められた。

「あの黒いやつには触れちゃダメなんですよ!!」
「いいや、大丈夫さ。よく見てごらん」

1−Aの切島が黒い触手に呑まれていくが、その体自体はまるで白のように鈍く光って、その黒に同化することはなかった。
なぜ。
いや、無事ならそれでいい。
それに――バリアが割れた。
切島が中に走り込んでいくと、ほどなくして、その両腕にコトハを抱えて黒い闇の中から出てくる。
無事、とは口が裂けても言えないが、呼吸をして、確かに生きているその姿に、僅かばかりの安堵が生まれる。

「コトハ……!」
「マイク、今は切島くんに任せましょ。私たちにはすることがあるわ」

ミッドナイトに制され、納得こそ出来なかったが、一先ずはコトハが生きていることを確認できたため、さほど文句も言わずそれに従った。
いま、一度でも怒りを漏らしてしまえば、止めどなく溢れるそれで、ヴィランたちを傷つけるだろう。
生徒たちの前で、我を忘れるわけにはいかない。
ゆっくり瞬きをして心を押し込める。
生徒たちはUSJ内のいたるところに飛ばされていたが、広場にいた緑谷とコトハ以外に大きな怪我はないようで、少なからず胸をなでおろした。
USJ前には警察も到着した。
決して明るくはないが、生徒たちの顔にもほっとしたような表情が浮かんでいる。

「個性管理課です、刑事課の責任者の方は?」

あれ、アイツ……そうだ、イレイザーがコトハを引き取るときの諸手続きをした男だ。
個性管理課の話は表面上だが聞いている。
個性管理課は俺たちが思っている以上にコトハを警戒していて、そういった理由もあり、イレイザーの受け持ちに編入させることになった、とか。
その個性管理課が、来たということは。

「僕ですが。どうも、塚内です」
「初めまして、国本です。久地楽コトハという生徒の身柄は、こちらで引き受けることになっております。彼女はどこに?」
「現在病院に搬送し、治療中ですが……なぜ、あなた方管理課が現場に?それに、久地楽コトハはまだ未成年ですよ。今回の件についても、適切では無い干渉が行われるようであれば、監査に報告を上げますが?」

塚内は差し出された身分証をちらりと見て訝し気に国本を睨み上げた。
塚内よりも少しばかり背の高い国本は、睨まれていることなど気にも留めず、営業用のような笑みを返す。
……完全に出ていくタイミングを失った。
警察ってこんなギスギスしてんのかよ。

「詮索しないで頂きたい。――個性管理課は今じゃ公安よりも独立した組織です。貴方にどうこう言われる筋合いはありませんね」
「人の縄張りで随分な物言いですね。現場の責任者は僕ですよ」
「ええ、現場はお任せいたしますよ、塚内警部。私が担当しているのは久地楽さんだけですからね」
「分からない人だな。彼女も現場の重要参考人だ。彼女を連れていくというのなら、明らかな越権行為だぞ」
「越権……それを言うならこちらの業務に口出しをするのも越権行為ですよ。とにかく彼女の身柄はいただきます。彼女のためにも他の生徒には個性管理課が関与していることは内密に」

あくまで笑顔を崩さない国本は、それ以上話すことはないというように塚内に背を向けて端末を取り出した。
声の掛けづらい雰囲気だが、今を逃せば次は無いだろうと思い、国本に近寄った。
塚内はチラリとこちらを見て業務に戻る。
俺が声をかける前に、国本はパッと顔を上げて即座に営業スマイルを貼り付けた。

「お久しぶりです、プレゼントマイクさん」
「どうも。あー……コトハは管理課に?」
「病院にて治療中とお聞きしましたので、それが終わり次第、ですね。私からもいくつかお聞きしたいのですが、今回コトハさんは暴走したのでしょうか?というのも、前回のように、攻撃を無効化するあの黒いやつを近づくものすべてに敵対させていたのかどうか」

そう言われ、ふと様子が違ったことを思い出した。
そうだ、言われてみればそうじゃないか。
あれは近づくだけで俺もイレイザーも関係なく、蛇を仕向けていた。
けれど今回は違う。
広場にいたのは緑谷、爆豪、轟、切島、オールマイト、それとヴィランたちだ。
あの黒いバリアが敵対していたのは、主犯格であるヴィランたちだけだった。
雑魚ヴィランどもは距離が遠かったという理由で除外できるだろうが、4人の生徒たちは主犯格よりもずっとバリアの傍にいたし、オールマイトは主犯格の近くにいたが見向きもされていなかった。
つまり、完全に敵を見定めていた。
コトハが暴走した理由は間違いなく相澤消太が嬲られているのを見たためだろう。
だからターゲットが特定された?
それに、もう一つ気になることがある。
切島鋭児郎だ。
彼は硬化の能力だったはずだが、バリアに呑まれそうになってもまるで効いていない様子で事もなげにコトハを連れだした。
あれは一体どういうことなのだろうか。

「まあ少なくとも、全てに敵対していたわけじゃねぇな……」
「というと」
「イレイザーヘッドを傷つけた主犯格にしかあのバリアは反応していなかったように思うぜ。一部始終を見ていたわけじゃねぇから何とも言えないが、近くに生徒がいたにも拘らずまるで無関心だった」

国本ははっとしたような顔で手帳に何かをメモした。
どことなく営業スマイルに本心からの喜色が浮かんだような気がしてまじまじと見てしまう。

「近くに生徒がいたんですね。名前をお願いします」
「あ、ああ。緑谷、爆豪、轟、切島だな。切島は今回コトハを助けてくれたやつだ。バリアをぶち破って黒い触手どもにもまったく呑まれなかった」
「切島、くんですね……ありがとうございます。他に何かあれば、落ち着いてからで構いませんので私の携帯のほうにご連絡いただけますか」

俺が国本から電話番号のメモを受け取ると、すぐに頭を下げて再び塚内のもとへと走っていった。
今度は俺が上げた4名の事情聴取を個性管理課で行うといった内容だ。
もちろん塚内はいい顔をしなかったが、結局立場は国本が上なのか押し切られるように頷いた。
知りたくもない警察の内情を見ている場合ではないと踵を返し、他の教師陣に倣って今自分にできることをする。

「マイク、ちょっとお使いを頼まれてくれるかな」
「校長……いいっすけど」
「相澤くんと久地楽さんが気になるからね、容体を聞いて来てほしいんだ。電話で報告してくれれば後は直帰で構わないからさ!」

暗に今日はもう二人の所へ行っていいというお許しに俺は校長を拝んだ。
さすが!話の分かる人―――人?……校長だ!!
病院から連絡をもらった限りでは、命に別状は無いとのことだったが、やはり自分の目で確かめるまでは安心できない。
運ばれていった二人を見たとき、どちらも死んでいるんじゃないかと思うほど全身に怪我を負っていたし、顔も肌も白く血の気がなかった。
俺が付いていれば、と無意味なたらればを考えては歯噛みする。
俺は挨拶もそこそこに、校舎へと向かって走りだした。


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